43歳にして、アパートの大家デビューをした花村茜(ハナムラアカネ)の“色々な”物語―。
「花桃実桃」
中島京子著 中公文庫
(259頁)
個人的には、掴み所のない感じで‥‥でも、その手触りはとっても気持ちいい!
そんな不思議な作品でした。
‥‥‥ハイ、楽しかったです
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『俺の事は放っておいてくれ、一人でなんでもやれる』
その言葉通りにしていたら、茜の父・花村桃蔵が暮れに急逝してしまいました。
遺産として兄はマンションを貰い、茜は築30年のオンボロアパートを貰いました。
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この昭和の香り漂うアパート《花桃館》は、15年前に母が死んだ後、父が老後の為にと経営していたモノ。
―このお話が書かれたのは2008年頃のようですから、築年数的に間違いなく“昭和生まれ”でございます。
元々管理は地元の不動産屋に任せてあったのですが、茜はふと思い立ちこの3階建てのアパートへやって来ました。
―実はこの時茜は、会社からやんわりと退職勧告されていまして―。
そこへ、もう一つキッカケめいた事が重なりました。
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高校の同級生だった尾木君が予備校教師を辞め、少し前にバー経営を始めたのです。
ハンサムだったけど、“事ある毎にコトワザを言わずにはいられない”という性格(?)が災いしていた尾木君―。
茜自身も、当時の彼に特別な感情を抱くような事はありませんでした。
ただ同窓会で尾木君の残した難解な言葉が彼女の心を波立たせたのです。
『淵に臨みて魚(うお)をうらやむは退いて網を結ぶにしかずだよ』
意味:他人の幸福をうらやむよりも、自ら幸せになるための方途をさぐるほうがいい。
無論、茜は家に帰ってからコトワザ事典を引きました(笑)。
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『ここを終の棲家にして、庭で花木を育てる生活も悪くないかもしれない』
そんなこんなで会社には辞表を出し、《花桃館》の一階、101号室に居を移した茜―。
―ここまでが、物語の始まりである『101号室』です。
※※※※
お話は章ごとに『302号室』、『201号室』、『202号室』‥‥‥と続いていきます。入居している変わり者達との顛末と、茜自身のリスタートが、時ににコミカルに、時にホラーに(!)描かれていきます(笑)。
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変わり者と一括りでご紹介しましたが―
家賃を滞納している自称ウクレレミュージシャンの若者(302号室)に、茜とほぼ同年代で、整い過ぎているくらに整った顔立ちの女性(203号室)、父の晩年の愛人(恋人)だった老女(102号室)等々―。なかなかの個性派揃いです(笑)。
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《花桃館》は全部で9部屋あるのですが、幾つか空いている部屋もありまして―、
大家である茜としては正直、全室に店子を入れたいのですが、結局埋まったのはクロアチア人の詩人夫妻の一部屋のみ(301号室)。
※
ある夕暮れ、茜は《花桃館》の庭で仲良くたたずむ老夫婦を見かけます。確か彼らは、202号室の住人―。
どうにも印象の薄い入居者ではあったのですが、その時初めて、庭の花を愛でる二人と言葉を交わしました。
その数日後、102号室の住人の老女(父の愛人)に言われます。
『あんたはやっぱり、お父さんに似ているねぇ。あの人も同じだったよ』
「‥‥あの、“同じ”ってなんですか?」
『あんたにもあの二人が見えるんだろう?』
「‥‥‥‥」
見えるどころか、茜はその老夫婦と路地裏の食堂で飲み食いしたばかり‥‥‥。
―あ、言い忘れていましたけど、《花桃館》の目の前、
墓地です
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こんな風に、色んなテイストがあるんですけど、実は霊的なヤツあんまり怖くないんですよ。
それよりも怖いのは、生身の住人の方でして―。
203号室の女性は加齢に抗うため、取り憑かれたようにお顔を“整えて”います。
彼女をたまにしか見かけないのは、手術後の“ダウンタイム(注)”には人目につかないようにしているから―。
(注:患部が落ち着くまでの時間です)
―そして私が一番怖いと思うのは、201号室の父親―。
フリーライターをしている彼は奥さんに逃げられ、三人の子共達と暮らしています。
この男、本当に何にも出来なくて、今は長男(中学生)が家の中を仕切っています。
その長男が、自らの進学の為、茜を新しいお母さんに据えようと画策するお話が『201号室』なんです。
『俺はいつだって、誰かに依存しきって生きて行く』と自分の子供に言い切る父親―。
こいつが一番化け物ですよ
※※※※
こんな住人達と暮らしながら、茜自身の人生にも再び転機が―
来たー!
‥‥‥と思ったら、そうでもなく終わるのよ(笑)。
でも40代なんて、まだまだ人生の折り返し地点みたいなもの―。
ゆっくり、前を向いていく。
それで良いのかなぁと思いました。