突然の喪失を前に、迷いながら、泣きながら、一歩を踏み出す"私達”の物語。
(裏表紙より)
「また次の春へ」
重松清著 文春文庫
「トン汁」
突然の病によって、母を失った家族。残されたのは、父親と姉、そしてその下の兄、弟。
郷里での葬儀を終え、帰宅した晩の事―。
父親が、母の得意料理であったトン汁を作り出します。
しかし、これまで彼が料理をしている所を誰も見た事がありません。
案の定、出汁は取らないし、包丁がいらないからとモヤシをぶち込んだり‥‥。
当然、とっても不味い
冷え切った自宅、炬燵を囲む家族の配置も当然変わりました。
父親の「これから、がんばろうな」のひと言で、皆が泣き崩れた日から、そのトン汁が新しい家族の味になっていきます。
※
月日は流れ―、
人生の要所で、モヤシ入りトン汁を作っていた姉は、娘がもうじき結婚します。
東京から戻り、実家を守る兄は、今も父の面倒を見ながら時折二人でトン汁を作ります。
そして、東京に暮らす弟は、東北で起きた大震災のボランティアに参加し、炊き出しでトン汁を振る舞っています。目の前には、彼が母を失った頃と同年代の少年。付きそう母親の他に、父親も"きっと”居る事を願いながら彼は夜空を見上げるのです。
※※※※
―いえね、表紙とタイトル、そして裏表紙を見た段階で、「これはもしかして‥‥」とは思っていたんです。
でも、先週の“時間旅行&幻想奇譚”の3冊で(楽しかったけれど)深手を負ってしまった(笑)私の心は、重松清先生の作品を欲してしまいました。
※
冒頭ご紹介した「トン汁」で始まる本書は、東日本大震災にまつわる短編集。その次からのお話は、“あの日”を経験した人達のお話です。
喪失をテーマに、そこから一歩を踏み出す人、踏み出せない人、自らの過去に立ち返る人‥‥‥。
※
非常に書き辛いんですよ、私には―。
ふと、「おまじない」というお話の中で、気になった部分がありました。
※
「自分は自分、被災者は被災者、っていうふうに割り切れないんだよな」
俺だってそうだよ、と夫はつづけた。新聞に載っている死亡者の名簿を毎朝必ず見て、自分と同世代の人や、我が家と同じような四人家族を探してしまう。亡くなったひとや遺族の無念と悲しみを思い、やりきれなさに胸を痛める一方で、自分自身の生活うは震災前と変わっていないことに、なんともいいようのない後ろめたさも感じる。
(本文より)
これは物語の序盤―、
主人公・マチコさんと旦那さんのやり取りです。
※
“被災地”在住の私は、こんなふうに外側で同じように心を痛めていた人達の気持ちを考える余裕などありませんでした。
震災後の5月に帰省した際、現地で繰り返し流れていたCM
『頑張ろう! ○○(その都道府県名)』
とっても違和感を憶えました。
違和感というか、正直『一緒にされてたまるか!』と憤っていた事を―、
恥ずかしく記憶しています
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著者が何度も足を運び、その中から紡ぎ出された物語。そこには、微かな希望も描かれています。
この単行本が出版されたのは、2013年3月―。
それから9年の月日が流れました。
作中で悲観的に語られていた未来より、前に進んでいる地域も沢山あります。
無論、そうではない現実もあります。
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追記:
このレビューを書き終えたのは3月15日でした。まさか、その翌日にねぇ‥‥‥。
皆さん、日頃からの備えが肝心です!