本格推理小説を愛する、北村薫先生がミステリーについて、色んな事を楽しくお話されています。
「謎物語―あるいは物語の謎」
北村薫著 創元推理文庫
初っ端で、やはりガツンとやられました。
それは、まだ北村先生のお子さん達が小さかった頃のお話―
家族でディズニーのアニメを見ていたそうです。
犬のブルートが、リスのチップとデールを追いかけ回し、クリスマスツリーを倒してしまう。
そこへ「駄目じゃないか、ブルート」とミッキーが登場する、そんな場面―。
そこで先生が言った「ブルートは口惜しくないのかねぇ、ネズミに飼われて―」という言葉が子供達に馬鹿ウケしたそうです。
―北村先生は、このアニメの中の複雑な擬人法を見て取り、それをすんなり理解している事の高度さを、暗に仰ったのだそうです。
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複雑な擬人法、つまり―
- 本物の動物としてのリス(チップとデール)が居る。
- 首輪を着けたペットとしての犬(ブルート)が居る。
- さらにその飼い主としてのミッキー(ネズミ=人間)が居る。なんならその後に、同様に洋服を着たグーフィー(犬=人間)が「やぁ、ミッキー」てな具合に登場する。
みんな姿は動物なんですよね、当たり前ですけど―。でも、見ている側が、その関係性を瞬時に受け入れていたからこそ、“ミッキーもネズミである”という認識に立ち返った時に、笑いが起きたという事なのです‥‥‥いや、そもそも―
そんな視点で『ミッキーマウス』を見る事ないわ
北村先生の思考の一端を垣間見たようで、ちょっと震えました(笑)。
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幼い頃に愛読していた『手品と奇術の遊び方』という本を引いて“種明かし”について語った部分では―
手品は、種明かしをすると、大概、興ざめする。ミステリーは最後に種明かしをしないと、大概の読者が興ざめする(注:だいぶ、ザックリ書いています)。
ですが、仕掛けが凄ければ、手品は種明かしをしても興ざめしない。
ある作品で、子供の懇願に負け、種明かしをした老魔術師(手品師)にその子供は言うのです。
「なあんだ、馬鹿みてえだ!」
これは、本格推理作家の背に突き刺さるかもしれない矢だ。しかし、友よ、それは冒(おか)す値打ちのある冒険なのだ。
(本文より)
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そして、もう一つ面白い事がありました。本書の後半に“トリックと先例”という章があります。
これはつまり―
『あれ、このトリック、○○先生の★☆って作品で見た気がするなぁ』というヤツです。
別にパクリに関してどうこう言うお話ではないんです。別な章でも「驚天動地の独創的なトリックなんてモノはない」と、北村先生は言い切っております。「人間は概して、同じような事を思いつく」と。
いくら、ミステリー、しかも“本格”であったとしても、謎だけでは物語にはなりません。それをいかに物語に昇華させるのかという事なのだと思います。
そうして上げた例の中に、あるテレビ番組の事が出て来ました。“視聴者への挑戦”的な内容で、ミステリー仕立てのVTRが流れ“この謎、わかりますか?”となる構成です。
で、その中に、「このトリックは○○先生のあの作品にありましたよね?」という箇所があったそうなんです。この番組の制作陣には著名な推理作家の方のお名前もあったそうで―
勿論、ご本人は、「そうでしたっけ?」となっています。
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そして、この番組―
‥‥‥私、覚えているんです。実際、見てました!
同音地名によって犯人のアリバイ工作が崩れてしまうという内容なんです。
実際は犯行現場(屋外)にいた犯人。彼はホテルの部屋のテレビに集音マイクを仕掛けて、その音声を聞いていました。そして、後に事件当時の事を聞かれ、「自分は部屋でテレビを見ていた。あの時、ちょうど東北地方(仙台)で地震がありましたっけ?」と答えるのです。しかし、その時、地震があったのは鹿児島県の川内(センダイ)市だったんです(注:現在は薩摩川内市です)。
(おぼろげな記憶で書いていますが、だいたいこんな筋でした)
この単行本が出たのは一九九六年だそうです。ですから、その少し前の番組でしょう。私の記憶ともだいたい合致します。当時の私は、このトリックの面白さもさることながら“九州にもセンダイという地名がある”という事を、初めて知りました。
なんか、そういうのも面白かったんですよ。
同音地名‥‥そう言えば、最近、似たような事を書いた気がするなぁ(笑)