もしも、人生のある場面からやり直せるとしたら、どうなさいますか?

 ‥‥すいません、そんなに考える時間はないんです。だって貴方は今、まさに死の瀬戸際にいるんです。もしも、望むなら、もう一度―

 

 ああ、私? 申し遅れました、まぁ、「バク」とでもお呼び下さい。夢ではなく、貴方のその思い出を、いただきます。

 

「リライブ」

小路幸也 著 新潮文庫

 

 一度だけ、戻りたい場面に戻って、そこから選択しなかった人生を、やり直す。

 

 バクが望むのは、それまでの(つまり元の人生の方の)思い出。

 

 「そういう事ですね?」と尋ねれば、彼は決まって、こう言います(彼の言葉には「」はつきません)。

 

 大変素晴らしいご理解です。

 

 

 七つの物語からなる作品です。

 

 新しく生き直す人生が上手くいく保証はありません。願いは叶ったとしても、元の人生よりも酷い結果になるかもしれません。

 選び直した瞬間に、記憶は消えます。 そして、その人生が再び終焉を迎える時、再びバクはやって来て、あなたも全ての事を思い出します。

 

 これがこのお話のルール。

 

 

 

 

 それでは、いきなり心を持って行かれた、お話をザックリ。

 

 彼女はいったい何を取り戻したのか?

 

「輝子の恋」

 

 輝子の家は、大学のある町で小さな下宿屋を営んでいました。早くに父を亡くし、母と二人暮らしでした。

 

 若宮さんがやって来たのは輝子が十八歳の時。実は、若宮さん、両親の遺産を任せていた親類に“してやられ”ていました。それなりのお金は送金して貰っていたので、あまり気にかけていなかったのです。ある時、友人から忠告され、故郷に戻ったのですが、時すでに遅しでした。

 

 それでも、研究を続けられるお金は充分に残りました。

 

 すっかり人間不信になった若宮さん、しかし一人暮らしもなかなかに大変。そんなこんなで“下宿”に落ち着いたのです。

 

 少し経って、若宮さんが友人を下宿に連れてきます。その友人・柿沢さんこそ彼に「親類に気を付けろ」と忠告した人物。

 

 若宮さんと柿沢さん、外見から何からタイプの違う、けれども間違いない好人物二人。一つ屋根の下で四人の新しい生活が始まります。

 

 ぶっちゃけ、輝子は密かに若宮さんに好意を持っています。

 

 ある日、母と柿沢さんが出掛けた時、輝子は若宮さんから告白されます。さらに若宮さんは言います、柿沢さんも同じ気持ちであると。先日、彼からそう言われた、と。だから、「今、告白するのです」と‥‥。

 

「自分は卑怯な人間です」と若宮さんは言います。

 

『そんな事‥‥』と輝子。

 

「あなたに告白した上で、私はここを去ろうと思います」

 

『‥‥待ってください、それでは、私の気持ちはどうななるのでしょう?』

 

 その時、哄笑と共に柿沢さんと母親が現れます。そう、全ては柿沢さんが仕組んだことでした。

 

音譜テッテレー!!

 

 傍目にも“じれったい二人”を結びつける為に、彼が一芝居打ったのでした。

 

 その後、若宮さんと結婚した輝子は幸せな日々を送ります。柿沢さんも、仕事の関係で一時的に疎遠になることはあっても、いつまでも二人の親友として付き合いが続きました。

 

 

 ここで、やり直しの人生が終わります。バクがやって来て、以前の人生の事も思い出す輝子。

 

  •  実は、バクはこんなスゴイ事が出来るのに、決して万能ではないのです。だから、色々尋ねるのです。そして、この件(くだり)が、作品を通して、ある意味“答え合わせ”みたいになっているんです。

 

 貴方が取り戻したモノはなんだったんですか。

 

 輝子は答えます、「柿沢さんの命です」と。

 

 元々の人生では、輝子が若宮さんと結婚した後、柿沢さんは自ら命を絶ってしまうのです。輝子は親友である柿沢さんを取り戻したかったんです。

 

 そして、バクに別れを告げ、輝子の二度目の人生は幕を下ろします。

 

 あれ、そこまで言ってしまっていいの? と思われた方―

 

 いいんです!

 

 この作品の面白さは、このすぐ後、バクが話しかける“もう一人”がいる事なんです。

 

 これでよろしかったですか、と。

 

 いったい、誰なんでしょうねぇ‥‥‥(このお話のラストは、ちょっと震えました)。

 

 とにかく、誰が、そして何を選択し、その裏には何が、というのが“キモ”なんです

 

 やや、複雑な構成だったりしますけど、それをあれこれ考えるのも楽しい作品です。

 

 一つ言える事は、そのどれもが、愛に満ちた人生の終わりです(切ないですけどね)。