人の記憶に結びつく“香り”のお話でございます。

 

「透明な夜の香り」

千早茜著 集英社文庫

(271頁)

 

 

 ――香りは脳の海馬に直接届いて、永遠に記憶される。

 けれど、その永遠には誰も気がつかない。そのひきだしとなる香りに再び出会うまでは。

 

 とある洋館で秘密の香りを作っている調香師・小川朔(オガワサク)が、主人公・若宮一香(ワカミヤイチカ)に言う言葉。

 

 は、類い希な嗅覚を持っており、現在はその能力を活かして顧客の依頼に応じた香りを調合しています。

 

 ただし、香水や化粧水などの肌に触れるモノを製造・販売する場合、それなりの認可が必要な為、彼が売っているのはあくまで“香り”そのモノ―。

 

 言うなれば闇の調香師真顔

 

 彼と顧客を取り次ぐのは、探偵をしている新城(シンジョウ)で、とは幼馴染み。

 

 新城は見た目から何からとにかく胡散臭いのですが、とは腐れ縁を越えた固い絆で結ばれています。その証拠に―、

 

 調香に支障の出る匂い(臭い)を排除しがちなも、彼のタバコの臭いは黙認しています(お手製の口臭スプレーとかは渡しています)。

 

 ※

 

 そんなの元には様々な依頼が舞い込みます。

 

 例えば―、

  •  2年前に死亡した夫の匂い。
  •  生きる力を呼び覚ます匂い
  •  傷口の匂い

 

 そして、それらを持ち込む顧客にもまたドラマがあります。

 難病の息子を抱える父親や、危険な性癖(ドS)を持つ女性、はたまた人気女優のマネージャー、余命幾ばくもない老女―。

 

 当然ながら、は彼らの匂いも嗅ぎ取ります。

 どんな仕事をしているか、その日の精神状態、そして体調を含めたストレス等……それらはの嗅覚の前では全て丸裸なのです。

 

 依頼者の中には、結果的に犯罪に手を染める者や、スレスレの者もいます。そしてそれらを取り締まる側だっております。

 

 はによれば、人間はその精神状態によって分泌される物質が違うそうで、結果として判るのが―

 

 が最も嫌う“嘘の匂い”真顔

 

 ただしそれを嗅ぎ取れるからと言って、その依頼を断るかどうかは別問題。

 

 これは異能者故なのでしょうが、常人とは違う世界を見ているの倫理観は、我々とは少々違うのです。

 反面、彼が警察の捜査に協力する事もあります。

 

 嗅覚だけを見れば流石に警察犬にはかなわないのでしょうが、はそれらを言葉で伝達出来ますからね。

 

 ※

 

 そんなの食事を作り、洋館の掃除並びに手入れをするのが主人公・一香の仕事でございます。

 

 彼女はあるトラウマを抱えております。それが元で勤務していた書店も辞め、ここ数ヶ月間はアパートに引きこもっておりました真顔

 

 ただ、無気力状態だけれども“生きたい”という気持ちのあった一香は、貯金の残高を見て、再び外へ出て働く事を決意しました。そうして買い出しにいった近所のスーパーで、新城が地味に(笑)募集していた家政婦の求人を見つけたのです。

 

 ※

 

 面接で、引きこもり状態である事を看破された一香は、自らの状況を包み隠さずに話しました。

 正直、セクハラすれすれ(と言うかたぶんアウト)の質問が続いたのですが、一香の中で小川朔とういう異能者への興味が勝ったのです。

 

 他にも条件はあったのですが、何より“嘘”を付かなかった一香はめでたく合格となり、が暮らす謎の洋館へ日参する日々が始まります。

 

 ※

 

 物語の進捗と共に、明かされていく一香の過去がお話のもう一つの軸となっていきます。

 そうするうちに、不健康で無気力だった一香は少しずつ変っていきます。

 

 ……いや、空っぽだった一香という器が少しずつ満たされていくという感じかもしれません。

 

 そう言う意味では、これは一香の再生の物語でもあります。そしてそんな一香の存在がにも変化をもたらしていくのです。

 

 ※

 

 最後に―、

 

 体質上外食が出来ないは、食事毎に細かなレシピを提示します。

 

 その通りに一香が作るオーガニックな食事が―、

 

 いちいち美味しそう。

 

 つまり本作には飯テロ小説という側面も……。

 

 とにかく一香の内にある、張り詰めた糸みたいな危うげな感じが全体を覆っているようで―、

 

 そんな空気感が癖になる文章&物語でした。

 

 個人的には好きですウインク