風を感じること | 須藤峻のブログ

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すどうしゅんによる、心の探究日誌。
生きることは不思議に満ちてる。自由に、自在に生きるための処方箋。

残暑厳しい、初秋の昼下がり、
僕は、額に汗を浮かべながら、新宿駅を歩いていた。

探しモノは、見つからなかった。
判断は、ことごとく裏目に出て、僕は小さな苛立ちを感じつつ
せわしく足を動かしていた。

南口の改札前は、人がごったがえしていて、僕は、縫う様に人ごみを抜けた。
そんな時、一陣の風が、汗ばんだ僕の額を頬を、心地よく抜けていった。
僕はふいをつかれて、立ち止まり、そのまま、ぼーっと立ち尽くした。

驚いたことに、その途端、周囲の音が聞こえ、情景が目に飛び込んできた。
無声映画がトーキーに、白黒映画がカラーに、突如として変わってしまったような感覚に
僕は、はっとした。

そうかー、僕は、なーんにも見てなかったし、なーんにも、聞いてなかったんだなー
僕は、そこに居たのに、そこに居なかった。

「何をそんなに、お急ぎなさる?」
「『今・ここ』に居ないで、どこに行けるとお思いなさる?」
風が、そんなコトを喋ってる気がして、
僕は、思わず、笑ってしまった。
(だいぶ、怪しかったに違いない)

なんだか愉しくなってしまったので、
そのまま、ゆっくりと足の向くまま、新宿をぶらついた。
気の向くままに、街路を歩き人々の顔を眺めた。
まるで、異国を歩く観光客の様に。
いつのまにか、探し物なんて忘れてしまった。

きっと、大切なのは、そんなふうに、居ること。
目指しながらも、向かいながらも、
どんな時でも、いつも風を感じていることなんだ。
(それは、比喩的な意味ではなくてね)

いつだって風は吹いていて
空は遠く、雲は柔らかな造形をもって、僕らに語りかけてくる。

その言葉に耳を澄ます時、僕らはいつだって、自分に戻る。
いつもそこにあるモノ。それを、思い出せば良いだけ。
それだけなんだなー

目を閉じて、深く空気を吸って、
吹き抜ける風を感じて、僕は、僕に戻ろう。