トラとキツネの物語 | 須藤峻のブログ

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すどうしゅんによる、心の探究日誌。
生きることは不思議に満ちてる。自由に、自在に生きるための処方箋。

トラとキツネの物語 (習作)

トラは、いつも寂しかった。
彼には、家族も友達がいなかった。
みんなトラを見ると、恐れをなして、逃げていってしまった。

そんな中、唯一、森で出会い、友達になったキツネだけは、話を聞いてくれた。
キツネはいつも色々な動物と一緒に、愉しそうに暮らしていて、
野の生活は、とても豊かなんだそうだ。
トラは、そんなキツネの話を聞くのが好きだった。

トラは、また、キツネがみんなに尊敬されていることも知った。
キツネと一緒にいると、みんな慌ててキツネに道を譲るのだ。
だから、いつもトラは、感心しながら、キツネの後をついていった。
トラはキツネが、羨ましくなった。森で孤独に暮らす自分が憐れに思えた。

ある日、トラは決意を胸に、キツネに会いにいった。
「僕は、キツネになれないだろうか」
キツネは、しばらく考えて、応えた。
「君は、今日から、キツネだ。キツネとして生きるんだ」

こうして、トラはキツネになった。
トラは、ほっとしていた。

自分の牙や、爪で、誰かを傷つけることもしなくて良いし
色々なモノが怖くてもおかしくないし、いつも堂々となんて、していなくたって良いんだ!

自分は、もうトラじゃないんだ。
そう思うと、トラは解放された気がした。
新しい生き方が始まる気がして、心が躍った。

こうして、トラは、キツネとして暮らし始めた。

しかし、キツネとして生きるのは難しかった。
何をやっても、うまくいかなかった。
上手くできないと、キツネから怒られた。
「ちゃんと、やらなくちゃダメじゃないか。君は、キツネなんだ」

怒られると、トラは悲しくなった。自分の無能さに腹が立った。
しかし、同時に、安心する自分にも気がついていた。
「どうせ自分は”出来損ない”なんだ。上手くできなくても仕方ない。」

「仕方ない、仕方ない」トラは、いつもそう口にした。
そう口にすると、自分を許せる気がした。
何ができなくても、何もしなくても、仕方ないよ・・・

トラは、トラを憎み、また恐れるようになった。
その暴力的で、高潔な在り方を、嫌った。
だから、より従順で、下手で、低俗な存在であろうとした。
そうすれば、ちゃんとしたキツネになれる。

そんな暮らしをしばらく続けていると
トラも上手く、キツネとして生きることが出来る様になった。

吠えることも、木陰に身を潜めて獲物を狙うことも、
ジャングルを我が物顔で闊歩することも、
もう、遠い日の記憶になった。
そしてトラは、もう自分がトラだったことを忘れてしまった。

* * *

キツネは、いつも、キツネであることが嫌だった。
ジャングルの王者はトラ。誰もが、トラを尊敬し、恐れた。
自分は誰からも尊敬されていない。それどころか、みんな、きっと自分をバカにしている。
それが厭で、キツネはいつも1人だった。

ある日、森でキツネはトラと知り合った。
偶然出会った時、逃げようとするキツネに、
そのトラは、「逃げないで・・・友達にならないかい?」と言った。
驚いたが、キツネは、怖かったので、言われるままその声の主と、友達になった。

はじめキツネは、そのトラに大した興味を持っていなかったが、
トラと一緒にいると、トラを従える自分をみんなが羨望の眼差しで見ることに気がついた。
キツネは、得意になって、自分の生活の素晴らしさを、会うたびにトラに説いた。
キツネは、二人は、なかなか悪くないコンビだと思い始めた。

そんなある日、トラが、やってきて「キツネとして生きたい」と申し出た。
キツネは驚いたが、承諾することにした。
ジャングルの王者のトラが、自分に従いたいというのだ。
キツネはうれしかった。天にも昇る心地がした。

キツネは、キツネのやり方を教えてやった。
トラは、なかなか器用にこなしていった。
キツネは、自分の有能な教師ぶりに満足を覚えた。

全てはうまくいく様に思えた。
キツネは、全てを手に入れたのだ。

* * *

トラがキツネになってから、長い月日が経った。
トラは、すっかりくつろいで生きていた。
こんな日々が、ずっと続けば良いと思った。

トラは、時々夢を見た。
自分が風の様に颯爽とジャングルを駈け、
森の泉に身体をしずめ、火照った四肢を休ませる。
咆哮は月明かりの野山を渡り、木々はざわざわとその枝をゆらした。

トラは、ぼんやりと、思い出す。
あれが、本当の自分の姿なのだと。

しかし、トラは、この生活を捨てたくないと思う。
キツネとしての生き方は、悪くない。

そして、トラは気がついていた。
本当は、キツネには友達がいないこと。自分が必要なこと。
だから、トラは、キツネとして生きていこうと思った。
そう決意すると、トラはまた、朝のまどろみにもどった。

* * *

眠るトラの隣で、キツネは、その横顔を眺めていた。
いつからだろう。
キツネは、自分が不満を感じているのに気がついた。

トラが何の害もなさないとわかると、動物達はトラに飽きてしまい、
キツネを尊敬することもなくなってしまったのだ。

そして、キツネとしても、この「キツネとしては無能なトラ」を
もてあます様になっていた。

そして、自分がこんなに世話をしてやっているのに
トラは何の見返りもよこさない。
そんな風に、思い始めた。
もう、キツネには、この生活を終えたい。そう思った。

もとの、自由で気楽な生活が懐かしい、
そんなコトを考える様になった。

* * *

トラは、ある日、ひとりで森にやってきた。
キツネと暮らし始めてから、はじめてのこと。

トラは、血が踊るのを感じた。
トラは、走り出した。一度走り出すと、もう止まらなかった。
トラだった時の記憶が、全身に戻ってきた。

トラは、ただただ、走った。
そして、高台に四肢を張り、大きな声で吠えた。
喉から血の味がした。
しかし、トラはやめなかった。空に向かってただただ吠え続けた。

日も暮れて、トラは帰途についた。
罪悪感に苛まれながら、キツネの隣に身を寄せて、眠りについた。
キツネは、気付いていないようだった。

トラはそれから、時々、森に行く様になった。
キツネには、言い訳をしたけれど、その度に、良心が傷んだ。

でも、やめられなかった。
トラの魂が、トラを導いた。

* * *

ある日、キツネは、噂を聞いた。
夜ごと、森に大きく恐ろしいトラが出るというのだ。

キツネは、驚き、恐れた。
そして、同時に安堵した。だって、自分にはトラがついてる。
何かあっても、きっと自分を守ってくれるだろう。

その時、気がついた。
ずっと、トラが、自分を守ってくれていたことに。

すると、これまでの月日が、とても愛らしいモノに思えてきた。
下手くそなトラに教える日々。
互いに支え合い、補完し合う日々。

そんな日々を、ずっと続けていけたら・・・
キツネは、はじめて、満ち足りた気持ちを感じた。

* * *

トラは、迷いの中にいた。
しかし、もう知っていた。自分は、トラに戻る日が近いのだと。

トラは、自分のパートナーを見た。
キツネは、最近、とても愉しそうだった。
それが、トラの決意を揺らがせた。

そして、トラは恐かった。
このやわらかな日々が終わってしまうことが、名残惜しかったのだ。
トラは、キツネとキツネとの日々を心から愛していた。
トラは、この長い年月で、多くを学んだ。

はじめて友人を得て、はじめて信頼を学んだ。
そして、自分の中にある弱さや、哀しみや、孤独を知り、
また、傲慢さや、虚栄心、そして「使い方を間違えると大変な、大きな力」にも気がついた。

トラは、それらの学びをくれた日々に感謝をしていた。
それは時に、苦しいモノでもあった。
いや、むしろ、多くが苦闘の日々だったのかもしれない。
しかし、それは、大きな果実をつけ、今、その実は熟そうとしていた。

トラは知っていた。
あとは、決めるだけなのだ。その覚悟ができるかどうか、それだけなのだ。

* * *

トラが、別離を切り出した日は、
ちょうど、森で二人が出会った日と同じ、満月の夜だった。

キツネは、泣いた。
キツネは裏切りを感じた。
トラに捧げた自分の月日はなんだったのかと思った。

キツネは、怒った。トラを罵り、涙ながらに自分の哀しみを訴えた。
キツネは、運命をのろった。
去りゆく、トラの後ろ姿に、すがった。

しかし、トラは、森に入るまで、振り向かなかった。
その大きな体躯を悠然とゆらしながら、トラはまっすぐに歩いた。

後ろから、大好きなキツネの声が聞こえる。
大好きなキツネが呼んでいる。

しかし、トラは、ぼやけた視界の中、前だけを見すえて歩いた。
そして、森の入り口で、目を閉じた。そして大きく息を吸い込んだ。
森の匂いがした。木々は月夜に切り立ち、空気は青く張りつめている。
王の帰還を知った森の生き物達の、小さなささやきが聞こえてくる。

トラは、やわらかな黒土に爪を食い込ませ、
全身の毛を逆立て、尾をピンと張ると、
悠然と森へと踏入り、二度とはその姿を見せなかった。



トラがその姿を消してから、
キツネは、長い間、森を眺めていた。
夜が白み始め、小鳥達が歌いはじめた。

キツネは、わかっていた。
全てが終わったのだと。もう、トラは戻って来ないのだ。
キツネは、それを認めたくなかった。
しかし、同時に、自分がそれを受け入れていくことも、理解していた。

なぜなら、キツネは安堵していたからだ。
もう、トラを「留める」必要なないのだと。

キツネは、気がついていた。
トラが、トラへと戻っていくのを。
トラがトラとして、生きるコトを望んでいるのを。

キツネは、それを知りながら、甘えていた。
トラの優しさに、甘えていた。

そして、「トラのため」と口にすることで、
自分が逃げてきたコトも、わかっていた。
キツネは、涙の中で、
向き合うコトを避けてきた、「自分」と向き合う時が来たことを知った。


キツネは、つぶやいた。
もう、トラの威光を借りなくたって、自分は生きていけるのだ。
1人で生きていくことが出来るのだ。

誰かのマネをしたり、誰かの権威を借りたり、強い者を従えたりしなくても
ただ、自分を生きれば良いのだ。

そんな自分を、トラは愛してくれたじゃないか。
あんなに、素敵な日々を、自分は生きるコトができたじゃないか。


森の向こうから朝日が顔を出し、キツネの身体を暖かく包んだ。
キツネの豊かな尾は、きらきらと金色に輝き、
そのしなやかな身体を、一陣の風が通り抜けていった。

キツネは、森に背を向け、野を目指した。
キツネは、何度も森を振り返り、それでも、前を向いて、懸命に駈けていった。

~トラの威を借るキツネ より~