ブリーゼホールの会場に入っておどろいたこと二つ。
・髪の長い若い女性が異常に多い。
・小池栄子だとかってにカンチガイしてた。羽野晶紀だった。
河原雅彦演出で、古田新太が出るとあったら、
観ざるをえないわけで、いつもの気分で行ったら、
客席の雰囲気がぜんぜん違うから度肝を抜かれた。
なんでこんなに若い女子が?と思ったら、
座長が関西ジュニアの21歳男子だった。
推しのためなら若い女子も、8千円のチケット代を惜しまないのか。
見たいものがあれば、若者も劇場に足を運ぶ。
運ぶうちに、「演劇」に興味を持った客が、ほかの芝居もみるようになる。
演劇界はそうやって、若い客をそだてなくちゃいけないのか。
今や劇場の客は50代~60代が中心。
わたしも含めだが、あと10年もすれば体が弱って頻繁に劇場に通えなくなる。
だから、若い客を育てなければならん。
そのためには、演技が未熟でも若い世代に押されてる子を出して、
クオリティを維持するためにはベテランが脇をしっかり固める必要がある。
よく語られるこの構図が、ものすごく腹落ちした瞬間だった。
世代交代、バトンをわたす準備に入っているんだろう。
推しの一挙手一投足に、悲鳴に近い声をあげる客がいようとも、育つのを待たねばならんのだな。
少し、打ちのめされた気持ちになりながら、
「リーディングアクト」というジャンルをはじめて観た。
ちょっとしたフリ付きで、台本を片手に演技をする。
立ち稽古みたいなものだった。
古田新太は、いつも通り肩の力を抜いたまま、声色をかえたり、語尾の調子を遊んでみたり、自由にこなす。決して楽しんでいるという感じでもなく。「こなす」というカンジ。
羽野晶紀は、中学生の心の声や、大阪のオカンを演じているからか、ものすごく大袈裟なイントネーションでやっていた。声のカンジから、そのオカンが楽観的な明るいオバハンなのか、子どもをからかうイジワルイオバハンなのか、微妙なトーンだった。
でも、遠目からもキレイな人だなーと思えるぐらいで、この人の旦那の和泉元彌は、今、いったい何をしてお金を稼いでいるんだろう。あの過干渉なお母さんは、まだ生きてんのかな。とか、どうでもいい事を考えてしまった。
そしてラスト、古田新太と息子役の子が、餅に焦げ目ができるのを1分ほど待つシーンで、
突然、古田新太がソデにハケようとした。
息子役の真弓孟之が、少し役からヌケて素で「ちょっと、どこ行くの?」と慌てて止める。
古田新太は「うんこ!」と言う。
カーテンコールのあいさつで分かったが、
古田新太の素の行動で、本気でトイレに行きたかったらしい。
「年行ってくると、うんこは“たーーーーっ”って出んねんで!おしっこはなぁ!・・・・・」
爆笑
これはもしかして、古田新太なりに、
若手が舞台上でしょっちゅう起こるハプニングに対応できるかを試したのかもしれない。
半分、本気もあるだろうけど。
古田新太の泣きはしないが、泣いているように見せるちょっとした仕草なのか、姿勢なのかがすごかった。この人大袈裟に声を張り上げたりしないけど、喜怒哀楽の表現がうまいな。
約2時間15分。
あっという間にすぎてしまった。泣くほどではないけど、おもしろい脚本だった。
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2026年1月16日
@サンケイブリーゼホール
原案・原作:たなかしん
演出:河原雅彦
劇作・脚本:野上絹代
音楽:瓜生明希葉
出演:真弓孟之 / 羽野晶紀 / 古田新太
