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気むずかしい いろいろ

芝居、ミュージカル、落語、映画、
後輩、神社・読書・心理・呪いと祟りも。

ラストタンゴ・イン・パリ ポスター

バター事件、とはなんぞや?

という好奇心でみてみた。

 

事前に説明なく、あれをやられたらそらトラウマになりまっせ。

彼女は当時19歳。マーロン・ブランドは48歳。

いくら大スター相手だとしても、あれは気色悪いわ。

 

しかも身動きできずの姿勢で、演技を止められない状況下。

最低やわ。

 

監督は「少女のリアルな反応を映したかった」と言うてるらしいが、

それはもう、自分自身のロリコン&サディスティックな願望で、

それを直接すると犯罪になるのを分かってるから、

マーロンに自分自身を投影して興奮してただけちゃうやろうか。

 

監督がロリコンで、変態だけちゃうかと思う。

 

 

マリア・シュナイダー:ラストタンゴ・イン・パリ

イヤな顔を隠して、最後までよく演じきったなと思う。

一生、彼女が背負ったトラウマは、性的にイヤな思い出のある女なら想像できるはず。

 

 

 

ラストタンゴ・イン・パリ、マリア・シュナイダー

傑作といわれるこの作品を、まともに観ることができなかった。

どのあたりが傑作なのか、分からん。

 

「タンゴの後で」を見逃したので、はよ見たい。

 

 

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1972年・フランス/イタリア
監督: ベルナルド・ベルトルッチ
脚本: ベルナルド・ベルトルッチ、フランコ・アルカッリ
音楽: ガトー・バルビエリ
出演: マーロン・ブランド、マリア・シュナイダー、ジャン=ピエール・レオ
配給: 配信
公開日(日本): 1973年10月
あらすじ:
パリで妻を自殺で失った中年男ポールは、若い女性ジャンヌと偶然出会い、互いの素性を明かさない関係を始める。感情を排した肉体関係の中で、男は喪失と絶望を吐き出し、女は距離を保とうとするが、やがて現実が侵食していく。愛と暴力、自由と支配が交錯する関係の行き着く先を、即興性の高い演出と生々しい心理描写で描いた問題作。

 

確かに、ベルナルド・ベルトルッチはよい作品をとる監督だが、

映画の事しか考えられへん人やってんな。

こういう時こそ、プロデューサーがケアすべきちゃうんかな。

 

 

▼「ベニスに死す」の少年も1本の映画に、人生を奪われた一人

 

 

進め!電波少年のプロデューサー土屋 敏男に人生を破壊された芸人なすびとか、

あっちこっちでこの手の話は耳にする。

製作側のエゴを取り締まると、表現に制約がでてくるし、

バランス位置が難しい業界。