映画 サンセット・サンライズ クドカンの幅広さ | 気むずかしい いろいろ

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クドカンは器用だ。
ただの多才ではない。
「鼠三銃士」のような鬼畜な脚本から、「新宿野戦病院」の社会派ドラマ、
そしてウーマンリブシリーズの、なんの意味もないクダラナイ笑いまで。
彼の作品群は、ジャンルを超え、トーンを飛び越える。
けれど、どこかで必ず“人間の弱さ”に手を伸ばしている。
この映画も、そんな彼の幅の広さと誠実さを、じんわりと証明する1本だった。

 

 

『サンセット・サンライズ』は、コメディと呼ぶには笑いが少ない。
だが、震災と、コロナ禍と、リモート勤務と、空き家問題という「現実のやっかいもの」たちを、
あからさまに提示せず、物語の地層にすっと溶け込ませている。

主人公・西尾は、釣りを理由に南三陸へ移住する。
“都会疲れ”のステレオタイプではない。
むしろ、「なんとなく面白そうだから」住んでみただけの男だ。
だが、そんな軽さを纏った彼が、
地元の人間たちとのぶつかりあいと誤解と和解の中で、じわじわと「何か」を受け取っていく。

 

 

大きなドラマは起きない。
だけど、静かに心に残る。

それはたぶん、3.11という共有された痛みが、作品の根に流れているからだ。
あの震災の日を、私たちは忘れていない。
でも、“非当事者”のままで進んできた私たちが、
まだ「当事者」と向き合いきれていないことも、この映画はそっと突きつけてくる。

言葉にするのが難しいけれど、
被災した人たちの中には、まだ“あの日”を引きずったまま、止まっている人たちがいる。
そしてその人たちに、言葉をかける側の私たちも、どこかで身構えてしまう。
その“深い溝”を、この映画はあえて描かない
だけど、たしかにそこにあるものとして、登場人物たちの関係性に滲ませてくる。

 

 

クドカンの脚本のすごさは、そこにある。
押しつけない。泣かせない。語らせない。
それでも伝わる。
たぶんそれは、「演出しない」ことが、
この映画における、最大の演出だからだ。

 

 

『サンセット・サンライズ』は、派手な希望を描かない。
ただ、人と人とが、ほんの少しだけ歩み寄る。
その距離感のリアルさと、歩幅の小ささが、
逆に胸を打つ。

最後に残るのは、「いい話だったな」ではない。
「まだ向き合えてないことがあるな」という自分自身への静かな問いかけだ。

 

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2025年 日本
監督: 岸善幸
脚本: 宮藤官九郎
原作: 楡周平『サンセット・サンライズ』(講談社)
出演: 菅田将暉、井上真央、竹原ピストル、山本浩司、好井まさお、藤間爽子、茅島みずき、白川和子、ビートきよし、半海一晃、宮崎吐夢、少路勇介、松尾貴史、三宅健、池脇千鶴、小日向文世、中村雅俊

 

📝 あらすじ

新型コロナウイルスのパンデミックにより世界中がロックダウンに追い込まれた2020年。東京の大企業に勤める釣り好きの西尾晋作(菅田将暉)は、リモートワークをきっかけに、宮城県南三陸の海が近い4LDK・家賃6万円の物件に“お試し移住”を決意する。仕事の合間には海に通い、釣り三昧の日々を過ごす晋作だったが、地元住民たちは東京から来た“よそ者”の彼のことが気になって仕方ない。一癖も二癖もある住民たちとの距離感ゼロの交流に戸惑いながらも、持ち前のポジティブな性格と行動力で次第に溶け込んでいく晋作。しかし、その先には思いもよらぬ人生の展開が待っていた――。

 

本作は、都会から地方への移住をテーマに、コロナ禍や地方の過疎化、震災などの社会問題を背景にしながら、ユーモアと温かさを交えて描いたヒューマン・コメディ。