怒りすぎて、午前2時に目が覚める。
怒り狂っているあいだに、誕生日をむかえ54歳となった。
いつまでも怒りがおさまらない粘着質なわたしの気質にもうんざりするが、
ここで許して流してしまうのも、わたしの正義にそぐわん。
社会的に抹殺する。それが、わたしのゴール。
と、目が覚めてから3時間ぐらい頭の中をグルグルしてねむれない。
一日中、家の中におったら、仕事メールをみてまうし、
どうコテンパンに潰したろかばかり考えてしまう。
わたしのプライベートな時間を、1秒たりともクズについやすのは時間のムダ。
気を晴らすためと、必勝祈願のために朝っぱらから奈良へGO!
まずは、奈良県立美術館の「エドワード・ゴーリーを巡る旅」へ。
2~3冊は、この人の絵本を持っていたのだが、こんなに細かく書き込みをしているとは気づかず、ビックリした。
この緻密さは、水木しげるに匹敵するなと思いながら見る。
水木しげるはポジティブだが、ゴーリーはどこまでも子供に残酷。
この二人、面識があるのか分からないけど、対談とかしたらおもしろかっただろうなと思う。
ゴーリーのダークさは、伊藤潤二も思い出す。
この展覧会、めっちゃ残念なのが展示物との距離がありすぎること。
原画自体が、10cm各以下と小さいのに、ガラスの40cm以上先に展示されているから、細かいところがみられへん。
壁に展示されて近くでみれるものも数点あるが、
基本40センチ以上離れているし、ものによっては80cm以上離れている原画もある。
目に力を入れてみないと、細かなことろまで観られへんから、
最後の方は、目が疲れて、流し見。
ゴーリーは、戦時下で兵士として敵国の日本の暗号を解読するため、日本語と文化を学んだらしい。
学ぶうち、源氏物語に出会い、魅了されたとあった。
源氏物語を読み解くのに、何年もかかり、読了した後も、何度も何度も読み返したとあった。
すごいな。戦争のために日本語を学んで、源氏物語を読むだなんて。
わたし、日本人歴54年やけど、1行たりとも読まれへん。
こんな緻密な絵を描く集中力があるなら、源氏物語も読み解けるか。
やっぱ努力家は、ちゃうなと思いながら2時間時間をすごす。
ギャラリーショップで、うっかり絵本を買いそうになったが、
なんのために断捨離をした?と、自分に問いただし、諦めた。
▼子供たちが理不尽な目にあう姿を、アルファベット順に描いた絵本
ギャシュリークラムのちびっ子たち: または 遠出のあとで
▼この発想はどこからだろうか。ゲッツ板谷の「秀吉」を思い出す。
「秀吉」は、結局だれで、どこから来て、どこに行ったんだろうか?
うろんな客
▼悲惨すぎる
不幸な子供
美術館を出たのは、13時。
さて、次はどこに行くか・・・。
つづく
