2023年、コロナ禍の自粛期間中にやたらとメディアで取り上げられていたドキュメンタリー映画。
ニューヨークに暮らす身なりのいいイケオジ──マーク・レイ。
その正体は、ホームレスである。
モデルであり、フォトグラファーでもある彼は、特別お金に困っていたわけではない。
だが離婚をきっかけに「住処を持たない」選択をした。
家賃を払うために失うお金=時間を、自分の好きなことに使うことにしたのだ。
彼が求めたのは、ただひとつ──自由。
マークは出入り自由なビルの屋上に、雨風をしのげるわずかな隙間を見つけ、そこを寝床にする。
屋上から朝日を眺め、淹れたての珈琲を飲み、ジムでシャワーを浴び、
ロッカーに置いた高級スーツに着替えて仕事に向かう。
このドキュメンタリーには「ホームレス」の悲惨さや悲壮感はほとんどない。
むしろ、自由を謳歌する粋な男として描かれている。
──が、しかし。
わたしは、この手の“自由人”の正体を知っている。
彼らは社会の規範を守れない、自堕落な人間なのだ。
人懐っこい笑顔と話術で他人の懐に入り込み、好意に甘える。
迷惑をかけても、正式に抗議されるまで気づかない。
「将来のことは、その時に考えればいい」
「困ったら、誰かが助けてくれる」
そんな都合のいい楽観主義で生きている。
知り合うと、一瞬は楽しい。
だが、距離を間違えるとハタ迷惑この上ない。
このドキュメンタリーを見て、わたしが抱いた感想はそれだけだ。
マークの自由は、他人の犠牲のうえに成り立っている。覚えておけ。
映画公開から10年後、日本のテレビが現在のマークを取材した。
2023年のマークは実家に戻り、母親と暮らしている。
映画の影響で寝床にしていたビルから追い出され、行き場を失ったのだ。
52歳で「自由」を手に入れた男は、63歳で母の庇護下に戻った。
──そう、結局“ヒモ生活”にも限界がある。
ほらね。こんな生活に憧れたらアカンのよ。
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タイトル: ホームレス ニューヨークと寝た男
製作年 / 製作国: 2014年 / オーストリア・アメリカ合作
監督: トーマス・ビルテンゾーン
脚本: トーマス・ビルテンゾーン
音楽: カイル・イーストウッド、マット・マクガイア1
出演者: マーク・レイ
配給: ミモザフィルムズ
製作会社: Schatzi Productions/Filmhaus Films
あらすじ(500文字以内):
ニューヨークでフォトグラファー、モデル、俳優として活動する52歳の男性マーク・レイは、華やかなスーツに身を包みながらも、実は6年間にわたり住まいを持たず、アパートの屋上やジムのロッカーで寝起きしていた。映画は彼の日常に密着し、ファッション業界の裏側、成功と失敗の境、そして「ホームレス」という言葉が意味するものを改めて問い直す。モデルと呼ばれる外見、そして家なき人生という現実。問いかけられるのは、安定した「家」の価値か、それとも自己が選んだ自由か。息をのむマンハッタンの朝、屋上の薄暗さ、ジムのシャワー室での洗濯。成功神話の裏で揺れる男の「生活様式=選択」の意味が、静かに、しかし鮮烈に映し出される。
