わたしは人生で3回ほど、うつ病を発症した。
1回目は、病院に行ってないが、後の経験から、あれはうつ病だったと確信。
2回目は、診断書をもらって傷病休暇をもらった。
3回目は、子宮全摘手術後の術後うつ。
心療内科に通ったのは、2回目の2か月間だけだが、こんなに親身になって話をきいてくれる医者ではなかった。処方する薬の程度をはかるための、問診の延長戦のようなものだった。
心療内科を受診した理由も、キライなジャンルの仕事から逃げるために診断書が欲しかっただけ。
仕事がイヤすぎて、尋常じゃない頭痛がおこり、
救急病院でMRIを受けたが異常がなく、「じゃ、この頭痛の原因は他になにが考えられる?」と医者にきいたところ、「ストレスでは?」とやんわり言われた。
「それは、心療内科ってこと?」ときくと、「それもひとつの解決方法かも」と。
その一言で、心療内科で診断書をだしてもらったら、この仕事から逃げられると道筋ができた。翌日、さっそく近所の心療内科に行き、問診を受けたのだ。
で、医者はわたしの病名を抑うつ症だと言い、程度でいうと10のうち、レベル4だと言った。受診にくる患者の多くはだいたい、6以上だと。言葉にされなかったが、「その程度で、診断書いる?」という態度だった。
「でも、この状態をほっておいたら6になるし、6になると治りもおそいでしょ」
「そうですけど・・・・・では、どれぐらいお休みしますか?2週間?」
「2週間程度で、なおりますか?」
「でも、だいたいみなさん仕事のことを考えて2週間ぐらいですが・・・」
「・・・最長、どれぐらい診断書かけます?」
「1か月ですかね」
「じゃ、1か月で」
「仕事、だいじょうぶですか、そんなに休んで・・・」
というような会話をし、年末だったこともあり2か月間の傷病休暇を取得した、という経験がある。
ほぼ誘導受診なんだけどww。
前置きがながくなったが、ここから映画の感想に。
その上でこのドキュメンタリー映画をみて、
わたしのうつ病は、薬でなんとかなる程度だし、レベル4いや、レベル2程度だったなと思う。
岡山の住宅街に小さな診療所を設ける、山本先生。
御年82歳。長年にわたり、患者の声に耳をかたむけ、親戚のおじさんのように患者さんを見守ってきた山本先生が、仕事を引退することになった。
喋るのもやっとで、絞り出すように声を出し、息も浅く、呼吸が早い山本先生。
それでも、患者の不安をきき、要望をきき、時にはお金を貸す。
自分の命を削るかのように、患者たちに言葉の薬を絞り出す。
患者たちは口々に、先生がいなくなった後、
だれを頼ればいいのかと不安を口にする。
電話はいつでもかけてくれたらいい、と山本先生は患者を安心させようとする。
その安心させようとする言葉が、先生の命を削っているようで、ほんとうに切なかった。
病をかかえた患者さんも、先生とのつながりや、先生との面談が、
なによりも効果的な安定剤だっただろうに、なくなった時の不安は計り知れないだろう。
不安で不安で、たまらないだろう。
親身になりすぎたからこそ抱える、“依存”という新たな問題でもあるのだろう。
このドキュメンタリー映画は、山本先生が仕事を辞める直前の姿と、
引退後、奥さまと友人を訪ね、旅行を予約し、墓参りをするささやかな時間を映している。
多くを語らない奥さまと手をつなぎ、ゆっくりゆっくり道を歩く姿は、
とても慈しみ深い姿だった。
この先生は、まだ存命なんだろうか。
こんな距離感で、診療できる人は、なかなかいないんだろうな。
「あんたは、どうしたらエエとおもうん?」
この言葉、とても優しくて、思いやりのある言葉だなと思った。
わたしも、だいじにしよう。
________
2020年日本
監督:想田和弘
出演:山本昌知医師、妻・山本芳子
医師を引退し、第二の人生を歩もうとする山本夫妻を“観察”する映画なんだそう。
だから、ナレーションもなく、ただただ医師夫婦の姿をうつす、製作者主観が入らない面白いドキュメンタリー手法だった。
▼この監督のほかの作品もおもしろそう。
▼Amazonなんでもあるなぁ。
__________
<今日のいちまい>
北新地のビル火災の影響で、きょうは空が一日中、ヘリコプターでうるさい。
もう、1日中、ぶんぶん飛んでいる。
さらに、強風で風がビュービューふいているというのに。
空が一日中うるさくて、この騒々しさは、毎日ロケット弾が行きかうような、戦場の空の比ではないんだろうなと、別の視点をもって、イライラする気持ちを逸らそうとしてみる。
やっぱり、空がうるさいのは、心がおちつかない。
さらに、今日は19時半から会社で打合せがあり、夜勤のようにこれから出勤せねばならん。
(現在17時半)
行きたくないなー。


