1987年ウォーホールが胆嚢手術で58歳で死去した後、
1988年ヘロインのオーバードースにより27歳で死去したバスキア。
バスキアの絵を生で観たのは初めてかもしれない。
音声ガイドは無料で全員に貸し出し。ガイドは吉岡里帆。
撮影可能な絵画の点数が多く、楽しかった。
高額な絵画が多いみたいで、手荷物検査と金属探知機検査があった。
絵画展で金属探知機は、はじめて!
1982年、フーイー。
高知県立美術館 所有。
四角い木を組んで、キャンパスを巻き付けただけの
シンプルな額装がかっこいい。
1982年 Untitled。
ZOZOの人所有の作品。
1985年、Self-Portrait。
木の扉に瓶の王冠を敷き詰めた作品。
王冠、、、、懐かしい。
1982年 Napoleon
この情熱的な赤が好き。
展示されている作品の多くに「YEN」の文字が見られる。
バブル景気全盛の頃、アメリカに日本製品があふれていて
「これはやりすぎ!」と、いっぱいになっていたそうです。
でも、日本に何度も来日していて、親日家だったようです。
1982年、メイド・イン・ジャパン
黒のキャンパスが木枠からはみ出たままになってるのがかっこよかった。
Tシャツみたいだし。
これ、来日した時に日本人をイメージした書いた作品だそうです。
なんとも言えん、、。
1983年、消防士。
消防士が放水している横で、女が男にグーパンチしてるw。
なんなんだろう???
1983年、オニオンガム。
オニオンガムは、あなたのお口を玉ねぎ味でいっぱいにしますw。
当時、アメリカには日本製のガムがあふれていたそうです。
といっても、多分、ロッテだろうけどね。
1984年、プラスティックサックス。
サックスというときながら、「トーヨーのおりがみ」がいたるところに。
トーヨーのおりがみ。
折り紙の鳥と折り紙の象。
小学校の時の教材だった、トーヨーの折り紙。
懐かしいな。
1984年、炭素/酸素。
沸騰温度とか、凍結温度とかいろいろ書いてある。
1986年、無題。
晩年になればなるほど、文字がたくさん書きこまれていく。
文字、ドローイングはバスキアのモチーフ。
大胆なようでいて、じつは繊細な人物なんだろうな。
仲の良かったウォーホールが死んで、ヘロインへの依存が強まったバスキア。
活動期間がとても短いのが残念。
岡本太郎のようにエネルギー溢れる作品の数々。
もっと生きていたら、このエネルギーはどんな風に爆発していたんだろう。
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バブル全盛期の1980年代、アメリカのポップカルチャーに日本中の若者たちは魅了された。
型にはまらない自由な表現に、反骨の精神に、熱狂した。
ウォーホール、バスキア、キースへリング。
当日、中学生だった私ももれなく彼らのファンで、
作品がプリントされた文房具を学校に持っていくのが、おしゃれアピールだった。
本当のところはよくわかってなかったと思うが、
鮮やかな色彩に魅了された。
バスキアの作品を改めて眺めながら、
青い日を懐かしく思い出していた。
あの頃の日本は元気だった。みんな死に物狂いで働いて、遊んでいた。
あのエネルギーはなんだったんだろうか。
今、思い返してみると、80年代のカルチャーは刺激的だった。
あまり過ぎたことを思い出すのは好きじゃないけど、
あの時は、入ってくる情報すべてが刺激的だったな。
















