昨日は心療内科の診察とカウンセリングの日でした。
実は今回から私の母も診察を受けることになりました。
母は、8月にある家庭内での事件があり、娘2人(長女、次女)から連絡を断ち切られたこと、特に頼りにしていた長女から拒否されていること、そのことで夜眠れなくなったこと、娘たち3人を自分のせいで病気にさせてしまったこと、など思い悩んでいました。
でも、母は「眠れなくていい。私はそれくらいの罰を受けるべきだから」と言っていました。
私が最近だいぶ落ち着いてきて、母のそのような思いや悩みを抱えていることを聴き、そのような考え方をすることに意味はないし、悩んでいるより、姉のためにも自分のためにもアウトプットすることが大事だと思う、親の会やカウンセリングなどで自分の悩みを吐き出したり、いろんな視点があることを知ったり、適切なアドバイスを受けたり、自分の心を解放する場を作った方がいいのではと提案し、今回その運びとなりました。
初診なので診察のみの予定でしたが、急遽空きができたので、カウンセリングを受けることになり、1時間後、母は目にいっぱい涙を溜めながら出て来ました。
その後は、親族のことで法律相談を受けに行き、法務局に行くなど、バタバタとことを済ませ、母を送り出しました。
帰宅しホッとした頃、私は母にカウンセリングを強要したのではないか、と急に不安に駆られ、今日の法律相談の報告のついでに長女に電話で聞いてもらいました。
母からの表情や、次回の予約を自ら2週間後にしたいという申し出をしていたことから、手応えや癒しになったのではないか、という結論になりました。
あと、姉が家族なのだから、落ち着いてからでも、思い切って本人にも聞いてみたらどうかと提案したので、明日にでも母に聞いてみようと思います。
そして、私のカウンセリングについて。
うつ状態で働いている友達との関わり方について、あと、父の病気に対する理解がないことへの悲しさなどについて相談しました。
今回は長くなるので内容は省略しますが、話し終わって、立ち上がる時、
「あなたのカウンセリングは今日でもう終わりたいにしたいと思いますが、どうですか?」と突然、終了というか卒業を伝えられました。
嬉しいことなのかもしれませんが、まだ課題があるのにどうしよう、また不安になったり落ち込むかもしれない、とすぐに思いがよぎりました。
先生は、すぐに察してくださり「もし何かあったらいつでもおいで。一週間でも来ていいのよ」と言ってくださいました。
それを聞いて、安心し、改めて卒業と言われたことが少し自信に感じられました。
帰宅後、前回「あなたが言うように次女さんのことはまだ大きな課題として残っている。でも今はそれをどうにかする必要はない」と話したばかりだったのに、どういうことだろう、とふと考えました。
そのことも姉と電話で話し、きっと先生は、今回は実験のつもりで一旦終了にしたのではないか、ということに気付きました。
「話したくない(話せない)次女さんのことは無理して話すことはない」とおっしゃった先生。
「今を生き始めてるスーちゃん。きっと今のスーちゃんなら大丈夫。もし次来る時は、どんなことで悩んでくるのかしら」
そう思ってらっしゃるのではないか、と勝手に考えることにしました。
次女のことは、また話したい時話しに来るだろう、と。
私は試されてる。
でも試されるだけの力を持てるようになった証拠なのではないか。
今の私には何かあっても、認知行動療法の先生やキャリアカウンセラーの先生、主治医もいる。家族や友達、仲間もいる。もちろんそのカウンセラーの先生もいる。
慌てることはない。
素直に卒業を受け入れよう。
一つ階段を登ったんだ、成長してきたんだ、よく頑張ったね、私!
薬を処方されているので、月一回の診察はありますが、いつか、いつか薬の力を借りずに、自分の力で歩きたいです。
明日はいよいよ、グループワーク講座です。
緊張します。不安です。自己紹介なんて言おう。顔が引きつるかも。手が震えるかも。
まあでも死にやしない、緊張して不安な私を客観的に見てみるか、という気持ちで参加してきます!
追記です。
先日観た「戦争と平和」の最後に心に残る言葉があったので、書かせてください。
「人生は軌道から外れると、もう何もかも終わりだという気持ちになる。
でも、それは何か素晴らしいことへの始まりでもある。
人生が続く限り、幸せはある。行く手には多くの幸せが待っている」
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます♫
ここまでこれたのも、皆さんのいいね!の応援やコメント、メッセージがあったからです。
心から感謝していますm(_ _)m
私も少しでも何か出来ることで恩返ししたいな、と思っています。
ありがとうございます(人•ᴗ•♡)