評価/★★★★
監督/ゲイリー・ウィニック
出演/アマンダ・セイフライド
おはようございます、小夜子です。
今日は『ジュリエットからの手紙』の舞台となったイタリアに実在する”ジュリエットの秘書”(※正式名称は”ジュリエット・クラブ”)についてのレポートです。
■ジュリエットクラブの始まり
きっかけは1930年代(!)、荒れ果てていたジュリエットの墓を再生するために、墓の守衛に任命されたエットーレ・ソリマー二が事の発端です。ジュリエットの墓に残していった若い夫婦の手紙が最初のジュリエットレターとなります。(どんな内容だったのか気になりますね!)その後、観光客がメッセージを走り書きした名刺を置いて行ったり、想いを託した手紙を墓の近くにある壁の凹みに差し込んで行く人も表れます。やがて遠方からも手紙が届くようになり、ソリマー二は「激しく泣きじゃくる人々を慰めるために」と、ジュリエットになりきり返事を書き始めたそうです。そのうちソリマーニに直接宛てた手紙が届き始め、”ジュリエットの秘書”が確立していきました。おそらくソリマーニの返信レターがとても胸を打つ文章だったのではないかと小夜子は予想します。クチコミの力は凄いですね!
■ジュリエット・クラブの設立
設立は1972年(最初のきかけから40年近く過ぎていますね…)、街の歴史を保存するためにジュリオ・タマッシアらが始めました。一時は返信レターが途絶えることもあったようですが、1980年代後半には”ジュリエットの秘書”を復活させる動きを見せていた文化委員が、返事の書けるタマッシアに声をかけ、ジュリエット・クラブが”ジュリエットの秘書”の仕事を担うようになりました。当初は市からの援助はなかったため、タマッシアはヴェローナに留学していたフランス語、英語、スペイン語に堪能なメキシコ人留学生に声をかけ、活動を再開しました。さらに女性2名(きっと恋愛経験豊富なんだろうな…と美人秘書を想像してしまうw)が参加し、手紙を返信するためだけのオフィスが設けられました。
■映画『ジュリエットからの手紙』公開に伴って
年間平均して5000通の手紙が届いていたが、2010年5月に本作が全米公開されてからは、アメリカ、イギリス、ドイツ、カナダなどからの手紙が急増。通年の8倍にあたる役40,000通以上(!)の手紙が世界中から届くようになり、純粋な愛を貫いたヒロインのジュリエットへ手紙を書くと、幸せになれるというジンクスまで生まれているそうです。現在”ジュリエットの秘書”は15人。様々なバックグラウンドを持ったスタッフたち(劇中では”看護婦”や”50年以上の夫婦生活を営む主婦”や”10人以上の子供と孫を持つ大家族のママ”が登場していました)は、イタリア語に加え、英語、ドイツ語、スペイン語、フランス語、日本語に堪能で、すべての手紙とeメール(PCメールに時代の変化を感じますね)に返信している。珍しい言語の手紙が届くと、ネットワークを駆使して翻訳し、英語で返信しています。点字で届いた手紙に対しても、翻訳者が探し出され、返事が出されています。なかなか返信するだけでも重労働な感じがしますね。
■ジュリエット賞
毎年バレンタイン・デーに、その年に最も魅力的な”ジュリエット・レター”を選ぶ”Dear.ジュリエット”賞の授賞式が行われています。この賞は、手紙の中で、自分の感情をどれだけ素直に表現して、ジュリエットにアドバイスを求めたかということや、永遠の愛の象徴である彼女への親愛の情の深さを評価する賞。授賞式の最初のプレゼンターは、女優のジュリエッタ・マシーナが務めたそうです。2011年は受賞者である3名の女性はみな映画を観たことがきっかけで手紙を書いたと授賞式で話しており、これからも映画の影響でますます手紙が増えるのではないでしょうか。
たくさん届く手紙の一つ一つに気持ちを込めて返信するなんて、ロマンティックな仕事ですね。小夜子も未だに大切な人への感謝の気持ちは、便せんを使って手紙をお出しすることがあります。残念ながらキレイな文字は書けないのですが、インクを通して気持ちが紙面に残っていく感覚が好きでよく使っています。最近はメールが主流になってきているので、少し寂しいです(ノω・、)
http://www.juliet-movie.jp/
ジュリット・クラブの凄いところは全ての言語に対応しているところ。そして決してビジネス展開に走らずに、ボランティア団体として活動していることです。この善意に溢れた活動が今後も永遠に続きますよう、お祈り申し上げます

明日は『ジュリエットからの手紙』の出演者編です。
宜しくお願いします(^-^)/
小夜子より

