かれこれ6年前になるけど大学生のとき、
アウトドアのサークルに入っていて、
そこではアウトドアに限らずいろいろなことをした。
イカダを作って川を下ってみたり、
欽ちゃんの仮装大賞の予選に出てみたり。
その一つとして、
青春18切符で埼玉から広島まで行って
8月に広島で行われる平和記念式典に参加しよう、ということがあった。
僕はそのとき広島に行くのが初めてのことだった。
その頃の僕が持っていた広島のイメージは、
毎年8月になると終戦や原爆の特集などでテレビで取り上げられる広島や、
小学生の頃に図書館で読んだ「はだしのゲン」に描写される広島の姿だった。
だから、実際にはどんなところなんだろう、というワクワク感があった。
今振り返ってみれば、僕はそのとき広島から大きなものをプレゼントされることになった。
平和記念式典は、原爆が投下された8月6日に広島平和記念公園で行われる。
僕が訪れたその日は太陽が照りつける暑い日だった。
僕の目には、広島の地はとてもきれいな街に映って見えた。
式典では、原爆投下の午前8:15に黙祷をする。
その黙祷の時に感じたことは今でも鮮明に覚えている。
その時はちょうど終戦60周年で、
60年前のその瞬間は何もない焼け野原が広がっていたんだろうことを想像した。
だけど僕がいる広島は、目を開ければとても平和で穏やかなきれな景色を見せてくれる。
その時に感じた感覚を言葉にすれば、
「同じ場所なのに60年という時間が違うだけで、こうも人に見せてくれる景色が違うのか」
とい感覚だった。
そして、
「一体なんで僕は今の時間の中に、この時代の中に生きてるんだろう?」
という疑問を抱かせられた。
式典の後、僕は平和記念資料館に足を運んだ。
そこには戦時中の広島の様子や、
被爆者の人たちのその後の動向などが展示されていた。
底で僕は、当時の凄惨な様子に心を痛めたことと、
被爆者の人たちの平和を創る意志に感動を覚えた。
それと同時にまた、被爆者の人たちに羨ましい感覚を覚えた。
それは、被爆者の人たちは自分たちにしかできない生き方をしたんだ、ということを感じたからだ。
先に見た広島の美しい景色とリンクして、
何もない焼け野原から、60年の歳月であれだけの復興を成し遂げられたのは、
一番つらい経験をした被爆者の人たちが、
その憎しみや怒りや悲しみをそのまま返さずに、
平和を創る意志に変えてその後の人生を生きた証のように感じられた。
「あぁ、これって、被爆した人たちにしかできなことだ。」
というミッションめいたものを感じて羨ましく思った。
それと今の自分、あるいは自分たちを比較したときに、
一体どれだけの人が「今の時代に生きる意味」を感じて日々生きてるんだろうと疑問に思った。
少なくとも当時、僕には胸を張って「今の時代に生きる意味」なんて言えなかった。
それがきっかけで、僕の無意識深いところには、
「一体なんで戦争中とか江戸時代とかじゃなくて『今の時代』に生きてるんだろう」
という大きな疑問を持つようになった。
それが広島の地が僕にくれた大きな大きなプレゼント。