「そんなはずはない。もしそうであれば、今、こんな問題を抱えることにはなっていないはずだ。」そう思うでしょうか?
たとえば、過去に下した決断によって、今、あなたの望まない問題が生じているのなら、決断を下すために集めた資料・・・つまり
判断材料に問題があったにすぎません。
人は、決断を下すためには、先に何らかの判断が必要です。
そしてその判断の材料を元に決断するのです。
つまり、正しい決断をするためには、正しい判断材料を集めることが必須である、ということです。
では、正しい判断材料を集めるために、どうするか?
ということですが。
まず、思考する手間を省かない、言い換えれば、言い訳をしない、ということです。
ついつい、(それがやっかいな問題であればあるほど、)私たちは「しない理由」や「できない理由」を見つけることにエネルギーや時間をついやしてしまいます。
そのスタンスで集めた情報には当然、偏りがあることは理解できると思います。
自分に都合の良い事実、
自分を正当化する事実、
自分の希望に当てはまる事実
すでに、自分が考えている、自分が知って心地よい事実ばかりを集めたがるのです。
そうやって集めた情報によって判断と決断した結果、今の不都合が生じていると認識する必要があるのです。
誰しも、自分の耳に痛い言葉は受け入れにくく、信じがたい理論は理解したくないものです。
ですので、正しい情報や知識を得るためには、少しの冷静さと客観性が必要となります。
その情報について調べている時は、「当事者」とならないことが一つのコツです。
その問題を「他人事」のように考えることで、直視したくないような、自分に不利な、受け入れたくない情報でさえ、知ることができます。
ただ、情報は集めるだけでは何の役にも立ちません。
「他人事」として捕らえているその問題解決に向けて、集めた情報や知識は「客観的に」分析し、精査した判断材料をもとに決断していくと、今までとは違った結果を見ることになるでしょう。
あなたの決断は、今まで一度も間違えたことは無いのです。
望む結果が違っているときは、判断の材料が違っていたにすぎません。
これからの人生でも、そのことに変わりはありません。
あなたは常に正しく決断していきます。
情報や知識の集め方さえ、間違えなければ問題ないのです。