「失敗」という言葉について、面白いことに気付きました。

 

「失」で始まる言葉を列挙してみると、失敗の他に失格 失礼 失効 失策 失職 失神 失心 失政 失跡 失踪 失速 失態 失体 失地 失調 失墜 失点 失敗談 失意 失業 失恋などなど。

 

ほとんどが「○○を失う」的な意味だと思います。

(例.失格・・・(資)格を失う、失礼・・・礼(ある振舞)を失う、失効・・・効(力)を失う、、、、、失恋・・・恋を失う)

 

なので「失敗」は「負けを失う」ってこと。。。?

 

そうなんです!失敗は敗けではなく、敗けをなくすこと、つまり成功への一歩なのです!

失敗続きの人生の先には成功が待っているのです!

 

・・・こんなことを書くと、「失敗」は似た意味の漢字を重ねた熟語で、負けを失うって意味じゃないとの指摘を受けるかもしれません。

実際はそうだとおもいますし、僕の考えが正しいと言い張る気はもちろんないのですが、まあまあこういう話は朝礼や飲みの席のネタくらいにはなるかと思います(笑)

 

※ちなみに、「失」が後に着く二字熟語は、似た意味を重ねたものが多そうです。

 (例.遺失、焼失、損失など)

 

なお、学生の頃こういう言葉遊びが好きな友人がいました。

例えば、、、

 

僕:テストの情報ちょうだい

友人:あげてもいいけど、お前は何をしてくれるの?

僕:???

友人:「情報」とは情けに報いるってことやろ、ただではやれん(笑)

 

友人:次の試合は戦略をたてていこう

僕:そやな

友人:戦略って何か知ってるか?

僕:?

友人:事前によく考えることで、(無駄な)戦いを(省)略することや!

 

もちろん、語源的にはでたらめでしょうが、当時は妙に納得させられたものでした。

 

あと、僕が仕事で苦労しているときに「大変だ」と愚痴をこぼすと、それは「大きく変われるチャンスやん」って言ってくれた人がいたのも思い出しました。

 

言葉って、その場その場の状況に応じて自分に都合よく解釈しても別に問題ないし、そういったある種の前向きさが「失敗」を成功へ導いてくれるはずです!

 

・・・失敗続きの人生を送っている自分への言い訳っぽいですが(汗)

 

・・・っていうか、ダニに咬まれました。

マダニです。

 

初めてのことで、いろいろ戸惑いも多かったのですが、おかげでいろいろ調べるきっかけとなり、結構マダニ対策には詳しくなりました。

 

まず、ダニに咬まれた時のこと。

 

・ダニに咬まれても気付かない!

ダニに咬まれても、なかなか気づかないことが多いです。ダニはできるだけ多くの血を吸うために、寄生主に気付かれないよう麻酔成分を分泌しながら嘴を肌に突き刺すようです、性格悪すぎやろ!

僕の場合、「あれこんなことにイボができてる」程度(3mmくらい)の感じで、放っておいたらそのうち取れるかと思っていた程度でした。

(ちなみに血を吸い続けると最大で30mm以上になることもあるそうです。血を吸い終わったら自分から離れるそうです、それもそれでだいぶ気持ち悪いですが。。。)

念のためイボの画像をインターネット検索してみると、同じような症状の画像を見つけ、特に問題ないとの記載だったので安心していたのですが、ちょっと気になってきてマダニの画像を検索してみると、まさに今自分に引っ付いているのと同じようなものが出てきました。たしかに、掴んでちょっと引っ張ってみると(※しちゃいけないみたいです!)根元に足のようなものが見えます。これはやばいと思って、急いで近隣の夜間診療病院へ駆け込みましたが、皮膚科の専門医がいないので、とりあえず抜くだけ抜いてくれるとのことで、後日皮膚家へ行くようにとのことでした。

 

それでは次に、正しいとされる対処法です。

 

・原則、自分では抜かない方がいい!

自分では抜かないほうがいいです。でも、専門家の間でも意見が分かれているみたいで、感染リスクを下げるためにとりあえず早く抜いて、あとで皮膚科等で診てもらえという人もいるようです。しかし、僕がかかった皮膚科の先生は、1,2日咬みつかせた状態のままにしてでも皮膚科等の専門の医者に抜いてもらった方がいいとおっしゃってました。専門の医者以外が抜くと、ほとんどの場合に嘴が肌に残ったままになります。折れた嘴は目視では確認できないので、咬み跡周辺を肉ごとそぎ落とすことになりますが、傷口の場所が特定できなくなってしまっているケースも多く、その場合は抗生物質等で感染症の発症を抑える以外治療法がなくなってしまうとのことです。

※嘴が残ったままだと、そこから感染症が広がってしまう可能性が大きいみたいです。

 

・どうしても自分で抜く場合は?

皮膚科に行くのがいいとはいえ、たとえば夜にマダニに咬まれているのに気づいた場合、一晩中そのままにしておくのはちょっと(だいぶ)気持ち悪いですよね。どうしても抜きたい場合は、マダニにワセリン等を塗布し窒息状態にしてから、ピンセットでマダニの胴体の下の部分を掴み、ゆっくりと一定の力を加えながら引き抜きます。あまり意味はないかもしれませんが、一応足8本とも抜けているか確認します。(どちらにしても、嘴がのこっているかどうかは素人では判断できないので、後日専門医の診察が必要になります、そして上記の小切開で取り除くことを勧められると思います。)

 

とにかく、マダニには咬まれないことが一番!

草むらに入る時は、必ず長袖長ズボン、ズボンの裾は靴下に入れるのがいいです。あと、できれば長靴、虫よけのスプレーを振っておけばなお安心です。虫よけスプレーが無い場合は食卓にあるお酢を水で薄めてスプレーしても効果があるようです。

あと、首にはタオル、帽子もあったほうがいいです。シャツは白い襟付きがベスト、白いシャツは虫がついた場合目に着きやすく、襟付きは首回りから虫が入りにくくなります。シャツの裾はズボンに入れましょう。

要するに、よく農家のおじさんがしている一見ダサい恰好には、じつはそれなりの合理性があったわけです!

 

ダニは怖いですが、ダニを恐れすぎて自然から遠ざかってしまうのはもったいない。自然に触れ合う時は万全の対策を取って、できるだけ安心して楽しめるようにしたいですね!

『僕はいわゆる「幸せない人生」を送ることは出来ないように思っている。

 

自分が幸せだと自分で言っている人たちの多くは、経済面であったり地位であったり家庭であったりが安定的してて、相対的に他人と同等もしくは上回っていることに満足し、その優越感から幸せだと感じているように思う。

 

そして、その「幸せ」という既得権益を固持するための行動を最優先する。。。そういったものが幸せであるのであれば、僕は幸せでなくていい。むしろ、もし僕がその幸せな状態になったのであれば、自らの手で破壊したい。

 

自分の「幸せ」を守るために変化を恐れるのであれば、それはすでに「人」でなく粘土人形にすぎない。人間は死ぬまで変わり続けなければならない。それならば、「幸せ」というステータスにとどまっている意味がどこにあるだろうか。逆に言うと、人はいつ死んでもいい生き方をすべきともいえる。

 

昔の偉い哲学者が「その人の人生が幸せだったかどうかは、その人が死んでから後世の人しか判断できない」みたいなことを言ったと思う。

すごく納得できる。』

 

 

 

・・・部屋を整理してたら昔ノートが出てきて、そういや若い頃こんなことをよく考えていたなと思い出しました。

若い頃の純粋さに自分ながら照れ臭くなりましたが、まあ考えてたことはそう的外れでもないような気もしました。

 

今の自分を顧みてみると、社会的・経済的地位はないながらも、しがらみもなく新しくやりたい仕事を見つけてはそれを楽しんでるので、過去の延長上の生き方をしているっぽい自分にちょっとほっとしました(笑)