こないだ、真島さんと貴島さんを間違えてしまいました。
いやぁ~、ダメだね、酔っ払うと。
どーも、酒を飲むと酔っ払うクセがあるようです、ボク。
で、今日も酔っ払ったボクは、その勢いでマジメなことを書こうと思います。
ドミニカに移住した人々が国を訴えた訴訟で、賠償請求が却下された。
このドミニカ移住。とんでもないシロモノだったらしい。
無償で農地が与えられるとの情報にもかかわらず、行ってみたら荒れ果てた土地で、しかも所有権はなかったとか。
おまけに、あたかもドミニカの自衛兵としてコキ使われたとか。
東京地裁は、移民たちの訴えに対して、国の過ちは認めたものの、賠償請求については「期限切れ」として退けた。移住から20年以上が経過したということで。
戦後、なんら生産拠点もなく貧しい暮らしを強いられた人たち。
輝ける未来を「国」から約束され、それを信じて移住した人たち。
現地に渡ってみて初めて現実にさらされつつも、戦時中の教育&洗脳で「国」を敬い続けた人たち。
彼らの多くは、「国を相手にして訴えを起こすなんて…。」と、国に対する仁義を持ち続けた人だったとか。
その彼らが「国」を相手取って訴訟を起こすということは、並大抵の気持ちではなかったはずだ。
おしゃぶりを咥え続けて噛み合わせが悪くなったっておしゃぶりメーカーを訴えた○○(ぴー音)とは根本から性質が異なる。
それを、司法は退けた。
彼らに必要なのは、「国が悪ぅござんした。ごめ~んね」ではなく、確固たる生活基盤の保障であろう。彼らは今だなお、苦しい生活を強いられているのである。
敢えて言えば、「国は悪くなかったけど、気の毒だから、金銭的にこれだけ賠償するね!」の方が余程実利的なはずだ。
「愛国心」という言葉をどーするとか、国会でもめている。
ふざけんな。
んなもん、言葉でどーこーして育つものではない。
かつて、ケネディー大統領はこう言った。
「国に何かをしてもらうのではなく、国に何をすることができるか。」
もう40年も前のことである。
今のニッポン。
国は、個人に何もしてくれない。
そして、
個人は自分で何もしようとせず、何でも国にしてもらおうと躍起になっている。
この国、どんな滅び方をするのだろうか。