NECが配信サービスしているコンテンツの中に懐かしのアニメというのがある。
今日、その中の「宇宙戦艦ヤマト」の劇場公開版第1弾を観た。
これは、オリジナルTVシリーズのダイジェスト版に多少アレンジを加えたストーリーになっているんだけど、結果的に艦長の沖田十三が宇宙放射線病の悪化で亡くなってしまうところは同じである。
TVオリジナルではその前に森雪が(一旦)死んでしまうんだけど、劇場版では時間の関係なのかそこは描かれていない。
雪がコスモクリーナー(イスカンダルから持ち帰って組み立てた放射能除去装置ね)を操作して死んでしまうのであるが、その前の艦長室での「佐渡先生、ワシが死んだら、ワシの魂はどこへ行くんだろうなぁ?」という台詞から思うに、沖田艦長の魂が雪に移って宿った、と観させる意図なのであろう、なぜか雪は息を吹きかえすのであった。
それはそれとして、繰り返すが沖田艦長が亡くなるのは、どっちのストーリーでも揺るがないのである。
が。
その後の「さらば」だの「永遠に」だの「愛の戦士たち」だの、ヤマトシリーズが映画で展開されていく中で、沖田艦長は、さすがに亡くなったままでいさせてはもらえず、見事に復活するのである。
その「言い訳」は、佐渡酒造(さど・さけぞう。ヤマト乗組の医者)の一言で片付けられてしまう。
「いやぁ、あれはワシの誤診でな。沖田艦長は、まだ脳死には至っておられなかったんじゃ。」
と。
当初はTVシリーズで終わる予定だったんだろう。
人気がでて劇場公開版を作ってしまったらますます人気に拍車がかかって「次も作ろう!」ということになったんだろう。
おそらくそこでは、「どうやって沖田艦長を生き返らせるか」について議論が交わされたに違いない。
その結果が、佐渡先生の「わしの誤診でな。」である。
組織の理論の下では、個人の尊厳なんかどうでもいいんだなぁ、というのが率直な感想である。
大酒のみの酔っ払いというキャラで修飾されてはいるものの、大名医という位置づけの佐渡先生。医師としてのプライドも生半可なものではなかろう。その先生をして「いやぁ、あれはワシの誤診でな。」と言わしめる。
「組織的なことではありません。あくまでも私個人の判断でやったことです。」と、会社の関与を否定して自分ひとりで罪を被ろうとする<かつての>サラリーマンの姿とダブって見えてしまう。
デスラーも、何回も復活するんだよねー。
なんだかんだ文句言いながらも、ヤマト、大好きなんだけどね(*^_^*)
映画「男たちの大和」も観にいかなきゃ!