ぴあのまん -32ページ目

ぴあのまん

とあるぴあのまんの日々の奮闘記です。

初対面しました。


ぴあのまん-NEC_0007.JPG
全日空の最新機材ボーイング787です。


ぴあのまん-NEC_0011.JPG

ぴあのまん-NEC_0009.JPG
松山には3月から就航しております。

今日飛来したのは特別塗装の機体でした。これは全日空に引き渡された初号機と2番機のカラーです。

これは2番機でした。

5月からは福岡、鹿児島へも就航します。

あーいいカメラが欲しい・・・

今日調律に行った家に小学1年生くらいの女の子がいました。

お邪魔するとその子がピアノを弾き始めて、その場をはなれようとしてくれないのです。

今日の最後のお客さんで、時間もあったので練習に一通りお付き合いしました。

仕事を始めるとピアノの内部に興味津々の様子。仕事が終わり、奥さんとお話しをしているとその子が

恥ずかしげにそっと何かを手渡してくれました。


ぴあのまん-NEC_0001.JPG
?なんだろう・・・?

手紙だそうです。「だす。」?何の事だか


帰り道でポケットに入れていた「だす。」を思い出し、開いてみました。



ぴあのまん-NEC_0002.JPG
ハート型に折った手紙をくれたのです。

中には、その子であろう絵と僕であろう絵が描かれており、愛の籠もった(?)文面が。

彼女の名誉の為にも内容は書きませんが、最後に「ちょうりつしてくれてありがとう」と書かれていました。

ほんのささやかな心温まるエピソードです。


前々回のあれは‥
ただの水道の栓です。何が他の地域と異なるかというと、普通は水道管なんてあまり人の目に触れない所にありますよね。しかし寒冷地では玄関開けたすぐ横に水道管があります。そしてあの栓が室内にも伸びていて外の栓と連動するようになっています。

冬場は昼間でも零下になる事がある為、水道管の中で水が凍結してしまいます。それを防ぐ為に寝る時や長く家を空ける時は水道管の水を抜いておく必要があるのです。その為の栓なのです。新しい家などはタッチパネル式で自動で水を抜いてくれますが、我が家は古いアパートなので手動です。



Android携帯からの投稿
先週末に東北から帰って来ました。帰りに東京で仕事があり、稲城市に寄ってました。数年前に三重から引っ越されたお客さんで、それからも毎年調律を頼んで頂いてます。利益だけ考えると完全に赤字ですが、ずっと頼んで頂けるのはありがたい事です。毎年行くと必ずお子さんが折り紙で動物や昆虫を作ってプレゼントしてくれます。しかし今年の夏にシンガポールに引っ越されるとの事でした。2年後に帰ってこられるので次回は少し先になります。
東京でも震災の影響があり大変だったみたいです。帰宅が困難になり、六本木から新宿まで歩いて帰られたそうです。他にも計画停電や食料品の買い占めがあったそうです。都会ならではの問題があるようです。震災後に何度か関東も仕事で行きましたが、やはり物が無くなった事が皆さん苦労したと言われてました。
さて話しは変わりますが写真のこれは何か解りますか?

仙台のアパートの玄関先にあります。東北ならではの物で必要不可欠な物です。(北海道にも必ずあります)緑色の部分をぐるぐる回して使います。答えは次回にお知らせします。
先日行った被災地の様子です。




宮城県女川町です。女川原発がありますが、福島と違ってこちらは無事でした。なぜかと言うとこちらは普段から小さなトラブルが頻繁にあったそうです。その為、対応が万全だったようです。しかし震災時に事故を防ぐ為に犠牲になった作業員の方がいらっしゃった事はあまり知られていません。






こちらは津波に浸かったピアノです。床上80センチまで水が来たそうです。1年経っても酷い臭いでした。




掃除した後です。泥は取り除けましたが、金属の錆はどうしょうもありません。こちらのお宅は東松島市です。向かいには仮設住宅がありました。
仮設住宅は被災地を走っていると至る所にあります。結構トラブルも多いらしいです。隣人が見知らぬ人で、仮設住宅の壁も薄いので、人間関係が上手くいかないみたいですが、何より自宅を失った事で、メンタル面で皆さん不安定な生活を送ってられるようです。

11日は震災から1年で、各局のテレビで、1年の被災地の様子や地震の様子を報道してました。いち被災者として呆れてます。あまりに過去の様子ばかり報道して、現在の状況が蔑ろにされているようでなりません。被災地は1年前と何も変わっていません。余震も頻繁にあり、昨日の地震でも身震いしていました。こういう方は他にもたくさんいらっしゃっいます。大事な人を亡くして悲しみに暮れてられる方とも会いました。皆さん表面は明るく振る舞ってらっしゃいます。東北人の忍耐強さなのでしょう。このような人達の「復興」とは一体何なのでしょう。