ぴあのまん -26ページ目

ぴあのまん

とあるぴあのまんの日々の奮闘記です。

1週間前に鈴鹿に帰って来ました。我が社の桜も花が咲きました。



新年度と言う事もあり


財布の中身です。
ピーピーと言う訳ではないですよ晴れ
増税の為、お釣り用に1円玉を貯めてありました。調律後の集金も面倒臭くなりましたガーン

そんな中、以前にも書きました悪徳ピアノ業者の被害に遭ったお客さんが立て続けに。
まずは調律の被害。

これは破格の調律代を広告などで餌にし、何十万もの修理代金をせしめると言う手口です。広告も東海地方では一番購読されている新聞の為、皆さん信じてしまわれるのです。

しかも修理は、ほとんど行ってないに等しいくらいです。例えば部品が交換されていれば僕たち専門家は見ればわかります。しかし状態を見ても「どこ直したの?」っていうくらい。

調整費で7万も8万も請求し、潤滑油を塗布するのに2~3万円も巻き上げているのです。こんな作業はせいぜい数千円くらいの内容です。

更に調律は適当、ピアノにはそれぞれ調律の記録カードが中にあるのですが、作業した内容は一切記載せず、担当した調律師の名前も名字だけ。


この赤丸のシールはその業者が貼って行ったものです。これは恐らくと言うかほぼ間違いないと思いますが、こんなとんでもない修理を行った翌年にまた同じ業者が来た際に、前回にぼったくったと言う印です。

当の本人たちですら、修理をしたかわからないのでしょう。書かれている数字は日付を指しています。この写真の場合は2011年の6月に詐欺を働いたと言う事。

手当たり次第に詐欺を行っているので、状態が良かろうが悪かろうが関係ない。

このシールは他にも青色や黄色のシールが貼られています。これは恐らく作業内容や、金額の違いで区別する為でしょう。

安くても5万円、高いと20万円くらい取っているのです。これは修理代だけなので、調律代金は別です。

更にまたわかってきた手口。まず調律に来た時に、「このピアノとこんな所で出逢えるなんて」とあたかも感動の再開を思わせるエピソードをし、お客さんとの距離を近づけます。そして安物のピアノでも「価値がありますよ」なんてピアノを誉めちぎる。ここまでが奴らの下準備。

その後、散々誉めまくったのに一気に奈落の底に突き落とします。ピアノの内部を見せ、カビとか木に浮き出たシミを放っておくとピアノが腐っていくそうです(笑)

そしてピアノなり、部品を預かり浜松の工事へ持って行くと言い預かるのですが、預かった部品が間違いなく同じお客さんの物である事を証明する為に部品やピアノにお客さんにサインを書かせるのです。しかもお子さんがいれば、子供にまで日付とサインをさせています。

この一連の流れはどこの家でも行っております。





これはその業者に騙されて、3流以下のメーカーのピアノを買わされている方の所から頂いてきた物です。保証の内容もむちゃくちゃ適当。普通は保証の内容だけで、この保証書一杯くらい記載します。それどころか下の写真のようなどうでもいい物を付けているのです。

ヤマハやカワイのピアノを売るよりも中国製や韓国製のピアノを売った方が販売価格が安くても利益率が良いのです。

音楽って夢を売る商売だと思うのです。ピアノが売れない時代になり、音楽業界自体が斜陽産業になりつつありますが、地道にやっていけば食べる事には困らないと思うのです。会社を設立して5年。(社長ではありませんよ)前日に創業時の運転資金として僕個人の名義で借り入れをしていたのが完済しました。苦しい月もありましたが、少しずつでも仕事が増えお客さんに「ありがとう」って言ってもらえる事が、続けてきて良かったと思える。

最近では作曲家の代書屋のスキャンダルもありました。どの業界でも裏の世界って紙一重なのだと思う。ほんの少しの過ちがどんどん大きくなり、気付いた時には過ちと理解していながら依存せざるを得なくなる。僕も以前にいたそのような会社で、疑問を持ちながらも流されるまま自分に嘘をつき続けてました。今の師匠(社長)に出会い気付かして もらえました。

僕は結婚はしていませんが、こんな真っ黒な仕事をしている人は自分の子供や両親に胸を張って仕事の事を話せるのでしょうか。将来性もなく、常に後ろめたさを感じながら生きるってお金があってもつまらないだろうな。

人様に誉めて貰わなくても、後ろ指を指される生き方はしたくないし、自分の仕事や生き方に誇りを持った方がより良い人生になるんじゃないかな?

長々とすみませんm(__)m段々熱くなってきてました。
もう4月なので卒業と言う言葉は遅いのかも…。ところでこの「卒業」の意味、辞書を引くと「その学校の全課程を学び終える事」と書かれていました。アイドルがメンバーから抜けるのを卒業と言うのはファンサービスとしては良いのかもしれません。何でしょうか「○○アナ、めざましテレビ卒業!!」って。意味がわかりませんむかっ
そんなおっさんの戯言でした。

さて、「卒業」…もとい、引退する事になりました。


最後の747  JA8961が3月31日を以て退役になりました。始めて乗った飛行機でもありました。飛行機=ジャンボと言うのが当たり前になっていました。残念ながら名古屋ではJ社か海外の747しか見る事ができなくなっており、名古屋発着のNHの大型機は777のみでした。それでも出張先の空港ではお目見えする事もあり、かじりついて眺めていた事があります。
単なる交通の足としてだけでなく、飛行機って夢やロマンがあると思うのは僕だけでしょうか?ビジネスであれ、レジャーでも旅の楽しみは空港に着いた時から始まると思うのです。
長く続いた時代が終わりました。

国内のジャンボ機はまだ飛んでます。新千歳には政府専用機が2機、国内唯一の貨物専用航空会社NCAには新型の747-8があるので、どこかで見る事ができるかもしれません。
あの震災から3年が経過しました。あっという間の3年でもあり、長かった3年でもあります。
今年も仙台で3年目を迎えました。

あの当時は震災から生き延びたにもかかわらず、後ろ向きな日々を過ごしていました。3月11日が悲しみを思い出す日ではなく、どのように生きてきたか見つめ直す日になり、またこれからどのように生きるか考える日になりました。

あんな思いはもう2度と経験したくない。震災当初は早く忘れたかったのですが、今は忘れたくない。

去年も調律に行った石巻の小学校に今年も行って来ました。

校舎の横に架設校舎が。あの大川小学校が同じ敷地内に移ってきてました。

今朝は久しぶりに雪が積もりました。まだ前回の雪も残っているのにガーン
今日は休みでした。午前中に歯医者の診療が早く終わったので、塩竃の市場へ行く事に。


なんと!?一番奥のは本まぐろではありませんか合格
まぐろ屋のおじさんは「いいまぐろが入った」とご満悦。
早速ご馳走になりました目
そしてそして…買って来ました。

今日と明日はまぐろづくしですうお座
         
大雪です雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪
金曜日からずっと雪です。
昨日の朝はこんな感じ


一晩で20センチ位積もりました。朝から車を掘り出しました汗
もはや「除雪」ではなく「発掘」です。
自宅アパートは仙台の八木山という山のてっぺん付近にあります。青葉城があり、動物園もあり、八木山ベニーランドというゆる~い遊園地もあります観覧車
♪やんやんややん八木山の~ベニーランド…ってCMソングは楽天イーグルスの応援歌にもなってます。
そんな八木山は仙台駅から15分くらいですが、雪の量は中心部よりはるかに多いのです。

昨日は一日中雪でした。そんな日に限って仕事のスケジュールがタイトあせる

大幅に遅れながらもなんとか帰宅…と思いきや。アパートの角を曲がった所であまりにも雪深く車がストップ。

前進も後退もできなくなったではありませんか叫び完全に立ち往生ですドクロ

タイヤ付近の雪を掻き出しても掻き出しても全然動かず。小一時間ほど格闘しました。靴下はすっかりびしょ濡れ、指先はすっかり悴んでました。
そんな時に正面から車が。完全に道を塞いでいたので、その車に後退して貰おうとしたら車のおじさんが手伝ってくれたのです。

おじさんが運転して僕が押そうとしたら…なんと!! おじさん一人で出してくれたのです。あれだけアクセルを踏んでも動かなかったのにおじさんが何回か拭かしただけで脱出♪

やはりコツがあるみたいです。結局アパートの前には来れても駐車できず、道端が雪で狭くなっているので路駐もできず、自宅に帰る事を諦めて車中泊する事になりました。おかげで身体中の関節が痛いショック!

今日仕事を終え、家に帰ると雪は相変わらず。今日は何とか停めれました。


右側の真ん中が僕の車です。この右にあるポールの前で立ち往生しました。
昨日よりはだいぶ雪はこれでも減ったのです。それでもやっとの思いで車を停めれました。それにしてもおじさんすごい!!僕はただ見ているだけでした。

今日は自宅近くで若いお姉ちゃんが坂道を登りきれなくなってました。昨日の今日だから当然手伝います。こうやってみんなで助け合うのが普通みたいです。

おじさんありがとう。アパートの数件先の方みたいなので、改めてお礼に伺いに行きます。

雪の峠は過ぎたのにまた車には積もり始めてます。