
2022年初版です。962年神聖ローマ皇帝となったオットー大帝の一代記になります。「苦労に応えて帝冠を」と覚えました。ただ引っ掛かったのは帯文の「ヨーロッパ随一の強国は、ひとりの男によって作り上げられた。」というところです。売らんかなの惹句とはいえこれは戴けません。これではオットー大帝が剣の力でドイツという強国を勝ち得たようにとられてしまいます。まず842年にカール大帝の孫東フランク王ルートヴィヒと西フランク王シャルルがシュトラスブルクの盟約を結びます。これは相手方の家来に解るようにルートヴィヒはフランス語で、シャルルはドイツ語で誓いを立てたものです。東西フランクは既に分離していました。色々あってカロリング家では東フランクのアルヌルフがローマ皇帝の称号を取った最後の人になりました。彼は西フランクの王冠を差し出されたときそれを斥けました。東フランクはドイツへの歩みを始めていたのです。以後はカール大帝の衣鉢を継ぐべくオットーの活躍が始まります。オットーは神聖ローマ帝国初代皇帝ですが法的にはカール大帝が輝けるローマ皇帝の初代なのです。オットー大帝は鉄の意思をもって困難に立ち向かいます。兄・息子・弟の叛乱を乗り越えたこと、ハンガリー人をレヒフェルトの戦いで撃ち破ったことは特筆すべき業績でしょう。ですが既に彼は齢50を越え死は誰彼の別なく襲ってくるものでした。オットーの死後彼の「帝国」は瓦解を始めます。神聖ローマ帝国は「神聖でもなくローマ的でもない、ましてや帝国でもない。」と18世紀の啓蒙思想家ヴォルテールに揶揄されるまでになるのです。
本日は少し長くなってしまいました。お付き合い下さりありがとうございます。