私は、この文章の中で「女王様」と表現していますが、

実際には女王様ととお呼びすることはなく、

お名前に「様」を付けてお呼びしていました。

しかし、このブログの中では判りやすく初代女王様を

「女王様」と表現させていただきます。

(2代目の方以降は、また別の表現で表す予定です)

 

結局、女王様とのお付き合いは、5年間ほど続けさせていただきました。

お付き合いが続いていくうちにお互いの友人関係にも紹介しあうようになってきました。

もちろん、SM関係は伏せての紹介ですので、

周囲の人は不倫関係と見ていたようです。

女王様はPCの知識は豊富で、私がインターネットやメールをするようになったのは

女王様のお力添えによるものです。

初めてノートPCを購入するときも初心者である私が操作しやすい機種ということで

ネットでの長時間調べてくださったそうです。

月に2~3回程度の逢瀬ですが、この時期の私はプレイをしなくっても

お仕えする方がいるんだと言う満足感で幸せ一杯でした。

もっともプレイは、月に1回くらいはしていましたが・・・

 

この幸せな時期が、私の浅はかな思いつきで崩れていくことになりました。

その当時、私が仕事上で求めていた業務が女王様の仕事が一致していたことで

女王様に仕事を引き受けてもらえないかと提案したのです。

女王様は二つ返事で引き受けていただけました。

それからは女王様の仕事関係のお仲間にも引き合わされ、

順調に進んでいきました。

業務の必要で一緒に出張にも行く機会もあり、ホテルでは同じ部屋をとり

夜はプレイもするという日もありました。

公私ともに一緒にいることで、ますます幸福感はましていきました。

 

しかし、このようなことは長続きすることはありませんでした。

女王様は、人一倍仕事熱心であったのです。これが主従関係を

崩壊させていきました。

そのうちに出張に出てもプレイをしなくなりました。

プレイを求めると「仕事中だろ!」と叱責するようになり、

だんだんとプレイをすることがなくなってきました。

お別れする2年ほど前からは、主従関係のまま

仕事関係の付き合いという形になり、

仕事がなくなると連絡もなくなるという有様でした。

 

はっきりとお別れの言葉を交わしたわけではないのですが、

自然に二人の間の距離はましていき、実質的にお別れをいたしました。

初代女王様は地方都市にお住まいでしたが、仕事の都合で
月に何度かは東京においでになりました。その都度、呼び出しを受けてお会いしました。
 
お会いすると必ずプレイをするというわけではなく、一緒に食事したり
カラオケに言ったり、ただおしゃべりだけの時間を共にしたりしていました。
ただ、気が向かれたときは呼び出しの際に「プレイをするよ」と一言ありました。
 
3月のことでした。女王様に命じられた道具、アナルバイブ、ペニバン、ローション、
ロープ10m&7mうぃ各2本を用意して女王様との2回目のプレイをいたしました。
前回同様、一緒にお風呂に入り、私は女王様の背中をお流しさせていただきました。
お風呂から上がるとさっそくマッサージです、なれない手ながらも充分にお疲れを癒しいたしました。
そして、足の先からアナルまで舌でのご奉仕です。
舌が痛みを覚え、痺れるようになってもお許しはでません。
 
ようやくご満足いたげたのか、舌奉仕の終了のお許しが出ました。
私を立たせた女王様は、私のうしろに回って亀甲縛りをためされました。
その状態で頭を床につけて膝立ちするように命じられました。
ちょうど、私のアナルが女王様の目の前にさらされる状態です。
 
ローションを私のアナルにたっぷりと付けられると指でアナル周辺を揉み解すように
マッサージをされます。そして、ゆっくりと指を挿入してまいりました。
アナルをほぐしながらグルグルと指を回され、押し広げるようにされていました。
そのうちに指の数が増えてきて3本にまでなりました。
すぐには次のステップに行かず、時間をかけてゆっくりと広げています。
指を抜かれると、アナルバイブをとられて、ゆっくりと挿入されてきました。
アナルの中でバイブをゆっくりと動かされていたかと思うと
ぐるぐると拡張するように回したり、前後へのピストン運動を織り交ぜるようになりました。
時間の経過はわかりませんが、1時間近くもアナルを責められています。
 
突然、バイブから手を離されるとペニバンを腰に装着されました。
ペニバンを付けられた女王様はアンドロギュノスのように神々しく立たれています。
私に頭を掴まれて、手でフェラチオをするように促されました。
私は夢中で女王様のペニスを頬張り、一生懸命奉仕に努めました。
私の口を引き離すと再び四つんばいの姿勢をとらされると
私のアナルにペニバンを押しあてられました。
やや力を入れ気味にしてペニバンを挿入されようとされました。
さすがに痛くて腰を引くと「逃げちゃ、ダメ!」とお尻を叩かれました。
そのうちに痛さの中にも女王様に犯されているという悦びが
私の心の中で快感に変化して、自らアナルを女王様のほうへ突き出すようになりました。
激しく動き始めた女王様は、「自分で気持ちよくしなさい」と言われました。
その意味を知って、私はオナニーを始めました。
それを見られた女王様は、さらに激しく腰を動かされました。
あっというまに絶頂を迎えた私は白い液体を床の上にぶちまけました。
 
それを見て、ようやく女王様の動きが止まり
「アナルもいくときには、ヒクヒクとするんだね」と感想を漏らされ
後始末するように命じられました。
 
プレイをが終わると、レストランで食事をしながらプレイに内容についての感想や
次回にしたいプレイについての話が弾みました。
別れ際に紙包みを出されましたので「、ん?なんです。これ?」と伺うと
「誕生日のプレゼントだよ。この間、誕生日の話をしたじゃない」
覚えてくださっていたんです。さっそく、広げるとブランド物のネクタイです。
お礼を申し上げると「似合いそうなのを探し回ったんだから・・・」とのこと、感激しました。

伝言ダイヤルで出会った長身美女との初めてのプレイは、

これまでのSMとは一味違ったものでした。

もちろん、これまではクラブなどでのプレイ、違うのは当たり前ですが

それでも違うと言えるものでした。

ホテルの一室に入って、互いの嗜好を語り合った後、

風呂に入ろうということになったのですが、一緒に入ろうと誘われました。

「先に入っていて」の言葉に従い、先に湯船に漬かっていると

ガラス戸越しに裸身が見えたかと思うとドアが開いて入ってこられました。

いまでもリンゴ大の形のいい乳房、ピンク色の乳首が印象に残っています。

お背中をお流しして、また一緒に湯船に漬かりながらも語り合いました。

お風呂から出ると、ベットに仰臥されてマッサージを命じられました。

マッサージは初めてのことでしたが見よう見真似でさせていただきました。

マッサージがすむと「足の先から舐めて」と足を突き出されました。

喜んで足指を口に咥えて足指に間に舌を伸ばして奉仕をいたしました。

舐める箇所はいちいち指示を出され、ふくらはぎから太腿、

お背中、おへそ、乳房から首筋まで舌での舐め奉仕が続きました。

この頃になると舌が乾いて痛みを覚えるほどでした。

女性の肌にざらついた舌を当てててはいけないと、唾で舌を湿らせながらも

奉仕を続けていると「お尻を舐めなさい」とうつ伏せになり、

アナルを舐めるように指示されました。

すでに痛みを覚えている舌でしたが、

精一杯伸ばしてアナルに舌を差し込むように舐めましたが、

「もっと、いやらしい音をたてて舐めるのよ」

との言葉にピチャピチャ、ビチャビチャと大きく音を立てて励みました。

そして、新たな指令、ヴァギナへの奉仕を命じられ

私は舌の痛みも忘れて夢中で奉仕させていただきました。

どれほどの時間続けていたのでしょうか、突然中止を宣せられ

今度は交代よ、こっちにお尻を向けて四つん這いになりなさい」

命じられたとおりにするとスキンをかぶせた指で

私のアナルの周囲を柔らかくなるまでマッサージし、

その指をアナルに挿入してきました。

1本が2本に、そして3本に本数を増やしてアナルの中をえぐるように

掻き回して、しつようにアナル責めを繰り返されていました。

四つん這いの姿勢から、ベットに仰向けになるようにさせられ

足を大きく広げて上にあげ、手で腿を支える姿勢に変わりました。

ちょうど肛門科での治療姿勢のようです。

その姿勢の私に上から圧し掛かるようにしてアナルを指で犯しながら

「今度までにペニバンを用意しておきなさい」

「ペニバンでお尻を犯してあげるわ」

「私のおしっこを飲めるようになるまで調教してあげる」

様々に言われながらも指はアナルの中でピストン運動を繰り返していました。

終わりのないようなプレイですが、私の興奮したペニスを握ると

騎上位で私を犯してきました。

犯しているという言葉がピッタリで、激しく私の上で暴れまわりました。

「出しちゃダメよ!私が気持ちよくなるためだけに使っているんだから」

射精をしたくなったとたんに念を押されました。

結局、私が射精をする前に絶頂に達せられた女王様は

がくんとなって私の上に覆いかぶさってきました。

その後、女王様の見ている前でオナニーによって射精をさせられて

その日のプレイは終わりました。時間にして2時間半でした。

ホテルを出て、軽く食事をして帰ろうということになり、

レストランに立ち寄ってプレイに話をしながらも再開を約して帰りました。

この方とは5年ほどのお付き合いをさせていただくことになりました。

・始まりのご挨拶が、いやに芝居がかって鼻につく。
・今日のプレイの希望を聞かれることにしらけを感じる。
・時間が終わりに近づくと、プレイの流れとは関係なくオナニーをさせる。
・射精した瞬間に「ああ、無駄遣いした」と思ってしまう。
・射精をしたらお仕舞いとなり、そそくさと後始末し、シャワーとなる。

年に3~5回くらいクラブに行ったと書きましたが、
実はまったく行かない年もあり、5年間ほどの累計は12~3回ほどでした。
なんとなく、SMクラブでのプレイに熱中できないところがあったためです。
その理由は、上に書いたとおりです。

この間、ノーマル恋愛もし、結婚をすることになりました。
結婚を機にSMから足を洗おうかと考え、しばらくSMの空白期間がありました。

数年もたつとSMの世界が忘れらず、再びSMクラブに行きました。
しかし、冒頭に挙げたしらける気分は拭うことができませんでした。
そのころテレホンクラブや伝言ダイヤルのSM回線があることを知り、
これを利用することにしました。

これが意外に女性と会うことができましたが、セミプロとでも言うのでしょうか、
調教料を前提としたものでした。
それでも、プライベート面での隷属ができればと思ったのですが、
それもラブホにクラブを移したようなもので味気ないものでした。
期待もできず伝言ダイヤルにS女性を求めているメッセージを吹き込んで
反応を待っている毎日でした。
ある日、いつもの通りメッセージへの返事をチェックしていると
「もう3日もたつので相手は見つかったかもしれませんが、もし興味があれば
ご返事ください。こちらは今年28歳になる人妻です。身長は174センチ、
体重は54キロです」
との返事が入っていました。
まだ決まっていないと返事を入れると、すぐに反応があり、
直接話そうということで携帯電話の番号が入っていました。

電話をしてお互いの嗜好を確認しあうと、「とにかく会いましょうと」いうことで
翌日の夕方に待ち合わせとなりました。
約束に時間にやや遅れて携帯電話に着信があり、お互いの服装を言い合うと、すぐに柱の影から色白の長身女性が現れました。
「どうします。二人きりになれるところにでも行きますか?」と間抜けな質問をすると、
「いいよ」
と簡単に返事が返ってきました。
そのままタクシーに乗ってラブホのある地名を言い、無言で目的地まで行き、手近のホテルに入りました。

この人が、プライベートでお仕えした最初のご主人様でした。
ホテルに入り、これまでのSM歴や好みのプレイについて話をしました。
1時間くらい話をして、お互いに打ち解けたところで
それぞれ身分を証明するものを提示しあって本名も教えました。
そして、まずプレイをしてみましょうということになり、最初のプレイをすることになりました。

このプレイについては、次回報告ということにさせてもらいます。
東京の実家へ戻って、しばらくはSMとは遠のくようになりました。
新しい交友関係、新しいガールフレンドもできノーマルの世界での遊びに埋没した日々が過ぎていきました。

しかしSMに対する渇望は、心の中でその存在を隠すということはありませんでした。ときたま購入しては読みふけるSM雑誌、それもM専と呼ばれるジャンルの雑誌を見ては一人慰めるときもありました。そんなときに目を惹かれたSMクラブの広告がありました。経済的問題と東京では知人に見つかるかもしれないという惧れで何日か悩んだ末、思い切って電話をしてみました。一度電話をしてみると腹が据わってきて、指定されたマンションへと素直に直行することができました。

マンションの一室に招じ入れられるとカルテのようなものを渡され、自分の嗜好について書くように言われました。主なプレイは列記されていて、チェックをつけるだけでいいようにはなっています。中には知らないプレイをもありましたが、ふと「尿道プレイ」という言葉に目が留まりました。もちろん経験はないプレイです。でも、なぜか赤いマニュキュアに塗られた指が尿道にゆっくりと挿入されていくところを想像したら、ものすごい興奮を覚えて躊躇いなくチェックをつけました。

カルテの記入が終わると入会金とプレイ代金と引き換えに会員証が渡され、シャワーを浴びてくるように言い渡されました。バスタオルを巻いた姿で部屋に戻ると、赤いコルセット姿の細身の女性が椅子に座ってタバコを吸っています。思わず跪き「本日は、よろしくお願いいたします」と挨拶をすると「挨拶がなっていない、やりなおし!」と命じられました。頭を床につけて再度ていねいな挨拶をしなおして、お許しが出ました。プレイは身体検査から始まって、鞭打ち、蝋燭責め、顔面騎乗、聖水と続いて、最後は見ている前でのオナニーを命じられました。射精をすると「ふん、きたねぇ」という言葉が今でも耳に残っています。ほんとうに自分が惨めな立場であることが実感させられてM気を擽るものでした。その後、何軒かのSMクラブに行きましたが、このような言葉がかけられたことはありませんでした。所詮、お客様、フィニッシュが終われば丁寧な言葉で対応してくれます。

このクラブ以外にも、何軒かのクラブを行きましたが、どこでも同じようなシステムで、プレイの始まりのお芝居がかったご挨拶、「お前は、今日、何をしてほしいんだい?」ということで。プレイ内容を組み立てていく流れ、そして時間の到来を前にして強制オナニー&フィニッシュ、冷たい飲み物サービスで送り出してもらう。このパターンでした。

最初についてくれた赤いコルセットの女性を求めて何度かそのクラブに行きましたが、お休みであったりして二度とお会いすることはありませんでした。その代わりというのも変ですが、雑誌などで有名な女王様とプレイをすることができ、また最初にカルテに書いておいた「尿道プレイ」をする機会にも恵まれました。ただし、私の想像したものではなく、カテーテルを尿道から差し込んで膀胱まで達し尿を排泄させるというものでした。「ほんとうはカテーテルは自分で用意してくるもんだよ」と言いながらも、プレイをする都度カテーテルを差し込んでくださいました。あまり指名をすることのない私ですが、その方だけは何度か指名させていただきプレイをしました。

クラブには、年に3~5回くらいのプレイをしに通いました。SMクラブ通いと言えるほどは行ってはいませんが、SMへの飢餓感を癒すには充分でした。
地方都市での一人暮らし、本屋でSM雑誌を買ってきては部屋で読みふけっていたいました。主人公のM男性に自分を置き換えては、興奮を覚える日々でした。

その雑誌にSMサークルの広告が載っていました。所在地をみると車で1時間くらいで行けるところです。何度かためらった後に思い切って電話してみると、やさしそうな女性が入会方法について親切に教えていただき、面接があるので来て欲しいと言われました。次の日曜日に伺う旨を伝えて電話を切りました。日曜日が来るのを毎日指折り数えて待っていました。とうとう日曜日を迎えて、車に乗り込みサークルのある都市に向かいました。運転しながらも躊躇いと期待が半々で頭の中はぐしゃぐしゃになっていました。ようやく指定された住所につきました。普通の民家で、呼び鈴を押すと20代後半くらいの女性が出てきて家の中に案内されました。その女性と面接ということでビールを勧められ話を30分ほどしました。入会金と会費を支払うと、試しにプレイをしてみましょうということになりました。シャワーを浴びて裸で指定された部屋に移動しました。このときには初めての経験をするということで心臓は飛び出すかのようにドキドキとしていました。

裸で柱に縛り付けられ、鞭を初めて受けました。バラ鞭で、思ったほどの痛みはありませんでした。玉袋を強く弱くと握られ、強く握られたときには苦しさで冷や汗が流れるようでした。その後、四つんばいになるように言われ、浣腸をされました。そして許しがあるまで排泄をしてはならないと、そのままの姿勢で背と尻に鞭を受け続けました。ようやく許しがでるとトイレに案内され、その女性の見ている前での排泄を強要されました。部屋に戻るとペニスをバイブで執拗に刺激され射精に導かれました。

24歳での初プレイでした。

なんとなく気だるい感じで帰宅すると、しばらくはプレイを思い出してオナニーをする始末でした。既にノーマルHでの経験は積んでいましたが、初めて女性の手で苦痛と辱めを受けて脳の中は麻薬物質が湧き出るような感覚で興奮し、オナニーを繰り返しました。

そのサークルには、その後2回ほど訪れてプレイを経験しました。しかし、安月給の身では、そう度々プレイ料を支払うわけにも行かず、また東京へ転勤で戻ったこともあって足が遠のいていきました。

私がSMという概念を知ったのは中学生の頃でした。
それまでは漠然と女に虐められることを悦びとして感じていただけでしたが、ある書店で手にした雑誌、パラパラとめっくていくとM男を扱った小説が目に付きました。惹かれるように読み進んでいくと、思わず興奮の兆しが下半身を襲ってくることに気がつき、あわてました。

何度か躊躇ったのちに意を決してドキドキする胸を押さえつつ購入し、自宅で読みふけりました。女性が調教されるという小説は多いのですが、その逆というのは少なく、本当に変態なんだと自覚したときでした。

高校、大学と進み、心の中にこそM願望を秘めていましたが、普通にガールフレンドもでき、女性とのノーマルな付き合いもするようになりました。しかし、高校時代のことでした。ガールフレンドと夕方の散歩をしているときに彼女の嫌がることをして、彼女をわざと怒らせた後に謝りました。そして、お詫びのしるしにビンタをしてほしいとお願いをしました。最初は躊躇っていた彼女も何度も頼む私にあきれたのか、1発ですがビンタをしてくれました。ひりひりする頬を押さえながらも、その余韻に悦びを感じていた変態の私でした。

大学への進学とともに彼女と自然に離れていき、新しい交友関係もできてきました。その中で新しいガールフレンドもでき、ノーマルなセックスもしました。それからしばらくはSMとも離れた生活を送り、変態は若い頃の妄想なのかとまで思うようになりました。

しかし、それは間違いであったことを卒業後、しばらくして知ることになりました。卒業後、就職した会社での新人研修が終わると痴呆の営業所勤務を命じられ、独居生活を送る機会ができました。同時に新しいSMの願望も芽生えてきたのです。