”終末期医療の現実” | ピラティス/タイ古式/Body Conditioning Studio SUAY

ピラティス/タイ古式/Body Conditioning Studio SUAY

『パーソナルマシンピラティススタジオ』&『タイ古式ボディケアサロン』マシンを通じてピラティスの真髄を、ご体感ください。​プライベートセッションの他に、タイ古式ボディケアやPNFストレッチ、かっさによる施術も可能です!!

いつまでも一年前の事を振り返っても仕方のない事。
前に進まなければ、と思うし、
前に進むよう、生きている、、、つもり。。。

でも私が抗がん治療に入り、
10日弱病棟に行かなかった事が、
親の異変を見つけられなかったのは
今でも夢に出てきてうなされる。

誰にでも寿命はあり、
親もそろそろだったのだろう。
医療機関や関わった人達を責めたりはしない。
でも自分は自分を責めてしまう。

病院は命を助けてくれる所、
安心して預けられる場所ではないのは
この2年でいやと言うほど体感した。
寿命であったとしても
死期を早めたのは否めないのだから。

私自身の事も。
親の事も。
自分達で守るしかない。

残された人生、
自分自身へのこれからの戒めとして、
昨年の今日書いたブログをリブログします。

そしてこの事を人に話すのはこれで最後にします。

そのブログに書いた事だけど
『その頃から、
私の闘病は中止した。
抗がん治療している間に、
親は病院に殺されると思った。
それからは、
親のことにかかりきりになった。』

もっと早く中止すれば良かった。
後悔しても、もう帰ってこないけど。

ある人に医療裁判したら?とか言われたけど、
でも、そんな事しても親は帰ってこないし。

何より闘って闘って闘って、疲れてしまい
そんな気力にはなれなかった。

泣き寝入りするしかないんだね、
高齢の親戚が言った言葉が今も頭から離れない。

私は幼少期から親と仲が悪かった。
だから会話ができなくなり、
何度も何度も手をマッサージした。
病院はリハビリさえ放棄したけど、
ベッドの上でPTがやる事以上の運動療法をした。

最後まで私の仕事には理解がなかった親だけど、
会話ができていた最後、
早く仕事に行けと、病室から私を追い出した。

私が命を賭けて、闘病しながらも、
自分の最後の人生に選んだ仕事を守る。
私にはそれしかない。