この1年間決して良かったわけではないけど、
これを書かないでいたら、
全てこの一年何と闘ってきたのかと思うと
いろいろな感情がよぎります。
私には、医療従事者である知人も沢山いて
決して医療すべてや
ある組織を誹謗中傷するわけでもないですが、
でもこういう形もあるんだと知ってほしいこと、
経験しないとわからないこともあるので、
今回書きました。
同情してほしいとか、
誰かを傷つけたり、
責めたりするのが、
決してこのブログを書いた目的ではないことを
何卒ご理解ください
先月23日親は他界しました。
今まだ僅か2週間弱前の話しですが、
悲しいというより、複雑な感覚でいます。
あまりにも最期があっけなく
連休だから主治医と連絡取れない。
代わりの常駐でない外勤の内科医が
医師「時計持ってますか?」
弟が携帯取り出して、
弟「今、6:33です」
じゃあ、
当直医「6:33ご臨終です」
瞳孔チェックとかもなく、ただ形式に言っただけ。
5:30には病院に着いていた、
弟と私はキョトン?
呼吸止まって?1時間??弱は経っていた。
私「死因は?」
医師「解剖しないとわかりません。」
以降、主治医からも当直医からも、
連絡は一切ない。
少し親に触れた。
微弱だけど橈骨から脈は触れた、
でも心マする気にはなれなかった。
顔が黄土色。
吐いたであろう、血だらけの顔と口元、
鼻からチューブで吸引したドス黒い血?は
導尿の容量500mlの袋いっぱいになろうとしてた。
親に何があったのか知りたかった。
でも先生が来るまで、
看護師からは発言できないのも知っている。
でも先生は主治医は不在。(連絡取れない)
当直医は、死因わからない。
黒枠の死亡届けを受け取り、
私は自分で左側の欄に自分で記入しました。
死亡時刻=「6:33」
死因=「老衰」と。
死んでしまったのだから仕方ない。
でもなんだろう?この気持ち?
本当に老衰?なの?
死亡時刻ってそんな簡単な扱い?なの?
「霊安室には有料です、何日もいれません」
淡々としたやりとりの中、
弟は葬儀屋の手配と仕事の調整、
私はレッスン休講のお知らせや、当面の休業のお詫び、
(28日は友引でしたのでWSはできました、ご迷惑おかけしました)
各方面に連絡、住職や親戚、町内会などの連絡、
目まぐるしく時間が経過した。
医療ミスから闘い、一年近く。
長かったような短かったような。
親もきっと頑張って、
私も弟も頑張って、
でも、モヤモヤは消えない。
初めて泣いたのは火葬場行く前。
1年の色々な悔しさがこみ上げた。
また爪が伸びていた。
死んでも髪も爪も伸びるんだ。
それまでは悲しむ時間さえなかった
1年前(一昨年)12月5日朝
私の親は脳出血で倒れました。
「頭が痛い」と大声で叫んで。
「痛み止め取って」と言ったまま。
ベッドの上にいたので、
しばらく眠っていると思いました。
薬を飲み込んでいないからおかしいと思い
30分後救急車を呼び
血圧が220以上あり、初めて状況を把握しました。
何故すぐに救急車を呼ばなかったか?
4月より原因不明の痙攣があり、
2週間に一度、4月〜7月まで
計8回、髄液検査、脳MRI、心電図から、ほぼ全身の検査をし、
結果原因何もわからず、
ただの「老人性のてんかん」と診断。
何も処置せず。
昔肺気腫は患っていましたが、
「あなたの肺はボロボロ、癌になっても助からないひどい状態」
嫌味を言われたそう。(私はいなかったので聞いた話です)
医者がそんな言い方するかな?と思いましたが、
病院自体の対応が以前から悪かったから、
特段不思議には思わなかった。
何なら、別の病院でもう1回調べようかと。
(セカンドオピニオン的な)
でも親は拒みました。
その3カ月後の脳出血。
予期できないとはいえ、嫌だなと思いつつ、
救急車
でたらい回しにあうのは嫌だったので
仕方なく近所の
第二次救急指定医療機関A病院
へ。
即日手術。
と言っても手術開始まで4時間半。
確かに、術前検査もあるだろうけど、
直近検査結果もあるだろうに、
なぜこんなに時間はかかるのか?
他に緊急手術は入っていなかったと聞いている。
結構廊下で寒い中ストレッチャーで放置もあったから、
このA病院大丈夫かなと、内心不安はあった。
やっとオペ、4時間の大手術は成功。
ICU(集中治療室)はなく、
HCU(高度治療室)があり、そこに入れられた。
術後主治医より病状説明があるかと思いきや、
すぐ転院の相談。
HCU 代(部屋代)はかからないそう、
即日に個室に移された(個室代はお金取れるから)
救急病棟は3週間期限、それはわかっていた。
けど3週間後は年末、
術後安定しない状況で不安はあったけど、
ソーシャルワーカーの言う通りにした。
年末は転院できないからと結果1週間延び、
転院が1月5日
同グループ内の、東京都災害拠点であるB病院へ転院。
それを見届けて、自分も抗がん治療を再開した
副作用も落ち着き、
久々に見舞いに行くと親の状態悪化に気づき、
顔色はグレー、表情は無、
主治医に聞くが何もないと。
いろいろ調べていくうち、
転院した1月5日より、私が気づいた1月16日まで
親は水を1滴も与えられていない。
まだ自力で口から摂取することはできず、
嚥下のトレーニング中だったから、
経鼻(鼻から胃に直接カテーテルを指し栄養入れる)の状態。
リハビリも行われてなく放置された状態。
A病院では、
点滴より栄養価の高い流動食みたいなもの。
でも他に、白湯を200cc投与されていた。
それをB病院は忘れていたのだった。
もちろん、過度の脱水状態。
肌はカピカピ、顔色紫、医者でなくても異常はわかる。
口腔ケアも全くされていない。
窒息してしまいそうなくらい大きな白い塊だらけ。
私「元気な人間だって11日間水分補給しなかったら下手したら死にますよね?」
私「なんで1回も水を与えていないんですか?」
医師「A病院の引継ぎ書類に書いてなかったので」
私「は????
」
私「先生は乾燥してる1月に一滴も水飲まないことありますか?脱水になるとは思わないですか?書類がおかしいとは気づきませんでしたか?」
医師「おかしいと全く思わなかったし、言われなかったから」
話にならないや

エレベーターに早期痴呆発見のポスター見つけた。
私「なら親の脳、もう一度診て下さい」
医師「脳の先生いないんです」
私「でもエレベーターにポスターが、これは誰が見るのですか?」
医師「月に1度診察があります」
私「では外来予約で診て下さい」
医師「予約の空きありません」
私「あなたのミスでこうなったんでしょ?」
「じゃ、転院させて下さい」
医師「無理です、この容態ではどこも引き取りません」
私「この状態にしたの誰ですか?」
医師、婦長「申し訳ありません」
のちにわかったけど、
この時点ではまだ発症35日以内。
発症60日までは、お金になる患者だから手放したくないわけだ。
事実、2月5日、
発症61日目からの病院の対応がコロッと変わる。
素人だったら、鵜呑みにしただろう。
明細見て、ツッコミどこ満載。
「いつこの処置しました?してませんよね?」
毎日チェックしていた、これ以上殺されかけないように。
早い話が架空請求、金額は9万以上。
知らないとは恐ろしいことだ。
さすがに脱水はやばいと、
B病院側も思ったらしく、
口止めを強要させられるが、承諾なんかしない。
容態が明らかに悪化しているのだから。
まず、親を転院してきた状態に戻してと懇願した。
手術が問題なく成功し、
リハビリ向けて転院した先で、
なぜか死にかけているのだから。
すぐに脱水を緩和するためにいろんな注射や点滴を始めた。
でも時既に遅く、
腎不全を併発、高熱さがらず、血圧低下、etc
転院前、頭の傷はホチキスだらけ。
脳の出血部位は広く、右頭3分の2の細胞は死滅してた。
全身麻酔から醒めないかも、出血部位は見つからなかったら、頭は閉じないかも、
いろいろ聞いて覚悟していたが、成功した。
その後落ち着き、
私や弟のことは理解した状態で(意識は戻りつつあり、)
言葉は聞き取りづらかったが、会話もできていた。
12歳以下の子供は(個室でも)入れないから、
弟がメッセージ録音できるカードを作ってくれて、孫の声を何回も聞かせた。
小さな子供の高周波の声は、なぜか聞こえるみたいだった。
転院してリハビリを受けて、
春には帰宅または、リハビリ病院へ移るはずだった。
担当の30代の若い内科医は
自分のミスは認めず、かなり私とぶつかった。
その医師は、全部人のせい。
「A病院の引継ぎ書類に、記載がなかったから。」
「家族からの要請がなかったから。」
そこから、回復するはずの親は、しばらく植物状態になった。
胃ろう(ペグ)の手術をすれば、
脳の場合は、最大発症から60日は
回復期のリハビリが受けられる。
だから、胃ろう(ペグ)の手術の依頼と、
回復期のリハビリの申し込みをして、審査も通った。
内視鏡で練習手術?というのもして、
200万のカメラ噛みちぎられるかと思ったと嫌味言われつつ、(ご迷惑おかけしましたと謝りつつ)暴れるだけ元気なんだと安堵し、
手術同意書も書き、
いざ本番。のはずが、
発熱が下がらず、手術断念。
1月31日ペグのオペの予定だった。
脱水してなければもっと早くペグできていた。
と同時に、手術する外科医のスケジュールもの問題で、
もう60日以内(2月4日までに)に手術受けれない、
「だから回リハの権利失いますので」
意味わからない説明
すべて病院都合
「文句あるなら病院でなく、国(厚生省)に文句言って下さい。うち(病院)が勝手なことしたら国(厚生省)に怒られるんで」
なんじゃ、そりゃ





それからは、リハビリもせず、嚥下トレーニングもせず、
他の患者が来るから、他に転院してくれと。
かなりもめました。
脱水にしなければ、回リハ受けられた。
回復期のリハビリに移れれば、
脳の場合、発症から180日間はリハビリが受けられる。
その権利を剥奪され、
顔はグレー色、痴呆が始まったのか、
私を認知しなくなった。
回リハの権利失ったのは仕方ない。
内科医のミスも仕方ない。
人間だもの。
だけど、ごまかしたり、人のせいにしたり、
それを隠すのはいかがだろうか
都庁に医療安全課という相談窓口がある。
相談したら、
「それはひどいですね」
「では行政指導します」
「事務長にきつく言っておきました」
それ以降、「親いじめ」が始まる。
「面会時間以外は放置、リハビリなし、夜間放置」
それはひどかった。
それから記録を取り始めた。
毎日カルテの開示を求めた。
血液検査のデータのコピーを要求したが、これも拒否。
また都庁に相談。その繰り返し。
病棟婦長にクレーム、
総婦長にクレーム、
院長にクレーム、
私は、まるでモンスターペイシェント。
それでも親が助かるなら必死。
3回目くらいに院長は不在(居留守)、
婦長のトップと病棟婦長と、
主治医の内科医と話し合い。
話し合いに応じないなら、訴えるという条件で。
今時のカルテはPCで保管されている。
その面会時初めてカルテを見る。
データはdeleteされていた。
昔なら修正液?で治したんだろうけど、
今はPC管理。
バックアップは知らんけど、
データは上書き保存できるわな。
やられたと思った。
なぜわかるかというと、
私は、親が今日は何℃の熱があり、
何の抗生物質を投与して
何の治療をしたか、
毎日チェックしていたから。
点滴も写メ撮って、何のために投与しているか、
調べて、わからなければ質問して。
でも、主治医は自分が指示していないから
わからないとしか答えなかった。
誰が指示しているの?
むちゃくちゃな病院だった。
私は、自分が闘病していたから、
少しは、普通の人より、詳しかった。
血液検査表のアルファベットが
何の数値を示しているかわかる。
この数値が高ければ、
どの病気の可能性があるとか、
素人よりはわかる。
PCのカルテ情報提示請求をして、熱も含め、
1月6日〜27日までのカルテを改ざんしていたことはわかった。
電話で毎日、
主治医は週3日しか出勤しないので(それもどうかと思うが)
電話で状況を聞いていた。
だからボイスレコーダーで全部録音はしている。
主治医はミスを認めた証拠もある。
何の数値がいくらかも録音してある。
それと全く違う数値が、目の前のPCにあった。
弁護士に相談した時、
刑事告訴するか話も出たけど、
病院を訴えても、
親の病状が回復するのが一番だと、
我慢に我慢を重ねて、
違う病院(転院先)を探し続けた。
ちゃんと医療が受けられる、
ちゃんとした病院を探してた。
その頃から、
私の闘病は中止した。
抗がん治療している間に、
親は病院に殺されると思った。
それからは、
親のことにかかりきりになった。
やっと転院先が決まり、
C病院に行くことになった。
3月8日。
なんですべて日付まで覚えているか。
それだけいろんなことが大変だった。
転院した日、
4時間半ストレッチャーに乗せたまま、病室に入れない。
理由を聞くとバタバタしている。
「ESBL」「MRSA」に感染しているから、
それは聞いてないから受け入れられない帰ってくれと。
C病院は感染を理由に受け入れ拒否、
B病院は感染を秘密にして、資料を作りC病院に提出し、追い出したから、もう関係ないと、受け入れ拒否。
私は、親は、どうすれば良いの?
途方にくれた。
転院する時、
決まって退院処方と言って20袋くらいの薬を処方される。
また次の入院先にデータを渡すからと、
MRI始めいろんな検査をしてCDで渡すんです。
でも、どの病院も、
「あ、うちで処方し直すんで、廃薬(廃棄)します」
それだけで、5万位。
「あ、うちで検査し直すんで要りません」
それも10万以上。
つまり家族には15万以上、無駄な出費プラス、
退院先と入院先、2重に請求がくるわけです。
これが馬鹿らしい『転院ビジネス』です。
親は、死ぬまで、
1年で6箇所の転院しました。
最初は3週間。
入院期間はすべて3ヶ月以内。
つまらない厚生省の法律改正が頻繁にあり、
高齢者、特に後期高齢者への対応はひどいです。
なぜなら、病院にとって老人はお金にならないからです。
脳の名医の病院にもなんども相談に行きました。
「もう1度、脳出血したらおいで」
医者が家族に対し言う言葉でしょうか
「外来にはストレッチャーでは入れないから倒れたら救急でおいで」と。
「また、脳出血の疑いがある場合は、保険きくけど、家族が勝手に脳を診てほしいと言ったら実費だからね、脳ドックと同じだから」って。
脳の有名医がいる、それがお金に執着した大学病院の回答。
医師は経費節約か、常勤は少なく、外来終わったら帰るみたいな。問い合わせしても先生いないのでわかりませんみたいなのばかり。
癌でこういう扱い受けず、老人でこういう扱いなのはやはり、会社(病院)の経営だろう。
お金にならない商品(患者)は要らない。
この人の病状どうかな?でない、
この人から何点請求できるかな?
だから、私はまだ町医者の方が好感もてる。
親は家賃収入があり、納税者扱いのため保険負担額は3割。
まして、昨年8月より、
高額医療限度額が倍近くアップ。
介護負担額も上がり、
ますます弱い者いじめな世の中。
あるソーシャルワーカーが言ってました。
親のように納税者でなくても、
今はマイナンバーで預貯金がわかってしまうから、
預貯金が1000万をこえる場合、
後期高齢者は1割でなく、3割になる人も多く、
タンス預金している老人も多いそうです。
それを知って、オレオレ詐欺は、
振込詐欺でなく、自宅に赴くそう。
最近の手口は巧妙らしいです。
銀行でSTOP振込詐欺なんて古い情報。
本当に情けない国だこと。
老人にばかり、
またはそれをかかえた家族にばかり、
負担かけて。
結局、感染症(感染元は不明)が消えず、
効く抗生物質も減り、保菌者扱いにし、感染治療の終止符。
転院先はそれを理由に、
50箇所以上だろうか、断られまくり。
毎日家族面接行っては断られ、
の繰り返しの日々。
医療ミスで、要介護5になったけど、
特養には、胃ろうが条件で申し込みできない。
家で介護するにも、胃ろうがネック。
鼻から胃へのカテーテルは医療行為であり、
家族は医療法違反で、できない。
たんの吸引も講習を受ければケアマネならできると、私が資格を取る準備もしていた。
引き取る病院がないなら、
私が家で看るしかないから。
結果「MRSA」保菌者でも、
胃ろうをしてくれる病院があると、5月中旬にD病院へ転院したが、
埼玉の奥地(片道2時間半かけて)入院したが、
結果、手術せず。
動脈瘤が大きくなり、破裂しそうだという理由。
だけど、これは、脳出血で倒れる前からあったもの。
全身麻酔できないから、取らないことは熟知していた。
いかに転院前、
情報の共有ができていないかということ。
家族が入院中のソーシャルワーカーにお願いしても、転院先のソーシャルワーカーとは家族面談まで話ができない。
こちらが必要な情報は、
医師との家族面談にて、意向を伝えてくださいしか言えない。
しかも医師に気に入られなければ受け入れ拒否。
どの病院も常駐の医師は少なく(院長くらい)外勤が多い。
主治医はいても週3回とか、昼間とか。
特によく休むから話しが前に進まない。
D病院の医師は、
話しかけても何かに夢中で気付かない。
ナースステーションに入り、
毎日お世話になってますと挨拶すると、
いっつもプレステ(ゲーム)やっている始末。
これが日本かと思うと悲しくなる。
リハビリのお願いをすると、
「いつ死んでもおかしくないからしない」という理由。
動脈瘤の破裂を恐れ、
急激な血圧のダウンは確かに良くない。
でも、ベッドでできる運動はある。
血圧を下降させさい方法はくらでもある。
それはできない(できるスタッフは人数は足りない?技術ができる人がいない)
状況だった。
私がやるから良いと言った。
結局はみんな、どう売り上げを作るか。
親がどうしたら、長く生きれるかなんて、
考えてくれた病院は、
残念ながら、A病院、B、C、D、E、F病院どこにもいなかった。
お金にならない人は後回し。
悲しい、現実。
私が、PTの勉強していて良かった。
途中誤嚥性肺炎を繰り返し、
血圧80を切り危なかった時があった。
病院は喜んで、置いた。
なぜなら、昇圧剤の点滴なら肺CTやら、お金取れるから、容態落ち着くまでは「どうぞ転院しないでいて下さい」容態落ち着いたら、また「ベッド動かしたいから転院先まだ見つからないですか?」
手のひら返す対応、人間のすること
?
悲しいけど、
そういう病院多いのが現実。
脳は、
発症から180日越えたら点数取れないから、
6月にはもうリハは受けれない状態でした。
点数にならない、病院が厚生省からお金もらえないから、リハしない。
患者が1割だろうが3割だろうが、点数あれば病院は10割の売上が作れ、差額は厚生省が病院へ払う、つまり税金。
後期高齢者でも納税してるから3割。
その税金が有効に使われてない。
何なら医療行為ある1割の高齢者の方が待遇いい。何だか腑に落ちない。
厚生省がつまらない法律をまた作ったから。
病院には総点数が決まってして、
それは全患者に振り分けられる。
手術を要するもの、
処置を要するもの、
リハビリを要するもの、
が点数を稼げるから、
寝たきりの老人は点数を稼げないから、
ベッドを回したいから(そのまま置いておくと減額されるから)追い出したいわけだ。
その繰り返し。
都内は、個室なら受け入れますよ、
ただし1日2万以上〜(部屋代だけで)
日本の病院は、会社です。
命を助けてくれる場所でなく、
患者はお金になる商品であり、
商品価値がなければ(お金にならなければ放り出す)
それが現状なのは、1年で6回たらいまわしにあって、初めて知った悲しい、裏事情。
有料老人施設は、
経鼻では受け入れてくれない(医療行為ができない)カテーテルを抜くたび、
救急車を呼ばないといけない。
医療型介護病床も、
介護療養型病床も、
すべてが初めてのこと。
この2つの違いは何?
紛らわしい、全く違うこの2つ。
そして費用もバカにならない。
調べては見学して、失望して、の繰り返し。
もう何年も寝たきりのターミナルケアの病院にも断られる。
でも、声は出すし、
麻痺していない右手で鼻からカテーテルを抜く力はあるんだから、
医療行為のない、
終末期には行かせたくなかった。
蘇生や、延命処置以前に、肺炎になっても放置。
点滴もしないと言われたから。
有料老人施設は、元気な老人が入るところで、
医療行為が必要な人は基本お断り、
特養も自宅介護も経鼻を理由にお断り、
病院は「ESBL」「MRSA」を理由に高い個室以外はお断り。
行く場所もなく、
毎日病院からはいつ転院してくれるのか、
毎日挟まれストレスのかたまりでした。
そんな中、9月E病院に転院。
廃用症候群(寝たきりの高齢者)と病名つけても、4月より換算され120日がリミット。
9月末までしかリハビリは受けれない。
それも私がやるから良いと言った。
しかも、同じ病気だと2回目は点数つかない。
厚生省のコロコロ変わる法律は老人には優しくない。
有料で准看護師がマッサージします。
私の方が、ちゃんとマッサできるから断った。
関節可動療法なら、私で十分。
マッサージだけなら、私で十分。
ベット上で麻痺のない右足の上げ下げしかしない。
麻痺のない右手はミトンをつけ、
ベッドに縛り付けられている。
筋肉衰えるの当たり前。
麻痺した左手もマッサージの効果?か?
もともと左利きだったから?か?
右脳細胞が死んでも、運動機能はセーフだったか、
わずかに動き始めたから、リハビリしたいところだったけど、
ミトンでこちらもベッドにくくりつけられていた。
手グーパーするだけでも
末端への刺激与えるだけでも
死んでない脳細胞へ信号送れるのに、
面会時だけでも、
ミトン外す許可は出なかった。
だから1年グーしたまま。
細胞にどう影響及ぼすか、
指導者ならわかるだろう。
医師はわからないのだろうか。
効果より、面倒臭さを優先するんだ。
また鼻から入れ胃に刺し、
CTで胃に刺さってるか確認。
B病院では「また?面倒だからいい加減にして」と言われマジ喧嘩したな。
親もミトン取りたいから必死。
舐めたり、ミトン越しに顔触れてみたり、ミトンベッドの柵に引っかけ抜こうとしたり。
でも外すと怒られる。
続くと病院出てってもらいますよ、と言われる

回復するものも回復しないわ。
そしてF病院の介護病床に移って、
医療行為は受けれないけど、
やっと穏やかな時間が流れ始めたのが11月6日。
その1ヶ月半後に他界した。
本来、脱水になっていなければ、
回リハに行けたし、もしかしたら自宅に帰ってこれたかもしれない。
脳出血は予期できなくても、
そのあと、たらい回しにあった6つの病院のどこかで、
もう少しまともな医療(治療)が受けられていたら、もう少し生きれたかもしれない。
寝たきりになり、意識もあるかないかわからず、
栄養与えるだけで、体力も回復せず、
マッサージして、リハビリも私が行ける日だけやった。
他界する前日に弟は親に会っていた。
私も数日前会っていた。
爪切られるの嫌がるのに、
麻痺してるはずの左足を引っ込めた。
「動くようになったじゃん左足。私もっとリハビリしてあげるよ」
って約束が最後だった。
マンドリンが趣味で、CDをよく聞かせた。
音楽のパワーはすごいと思うから。
軌跡を信じて。
そしたら、最期の病棟の看護師さんが、
何できるの?と聞いたら
「マンドリン」とはっきり言えたそう。
自分で弾いてるの?と聞くとうなづいたと。
やっと、回復してきたかな、
と思った矢先でした。
F病院の介護病床の看護師さんは、
最期診てくれたんだと思いたい。
会話したのだろうから。
寝たきりで心臓は弱っていただろう。
腹部動脈瘤が破裂したのか?
脳出血がまた起こったのか?
いろんなことを早朝のタクシーの中、考えた。
でも介護病床は、
MRIもCTも撮らない。
血液検査もしない。
手術もしない。
医療行為はしない。
今までの医療病床もみんな同じ。
「蘇生処置しないに同意書求める」
を了承にないと受け入れてくれない。
全てそう。
手を縛るのもサインした。
また、病院は責任は取りたくないから、
すべて同意書をとる。
それはどの業界でも同じだけど。
同意したことには何も文句ない。同意したのだから。蘇生しなかったのも同意したのだから。
(同意しないと病院追い出されるのだから仕方ない)
それは挿管したり、
開胸して心マしないとかではなく、
その病室に看護師がいても、
CPRさえもしないっていうこと。
蘇生行為は一切しない、
呼吸が止まったなと、ただ見るだけ。
家族に連絡するだけ。
でも連絡した時には止まっていたそうだけど。
それは延命措置になるからしないのを了承するのが、病院に入れる条件。
何か間違っている気もするが。
仕方なかった。
B病院の時、私一回心マした。
家族がやるのは問題ないそうだから。
病院スタッフは心マしない。
麻痺で動かないはずの左足が動いた数日後、
原因不明で死んだ。
弟は前日に会って孫見せて、翌日死んだ。
お迎えの時期は、近いうち来ていたのだろうけど、死因を知りたいのは、不自然だろうか?
この1年、親もあちこちたらい回しになり、
もう疲れただろうなと、可哀想だった。
死んだ事受け入れる前に、自然と手が動いた。
弟と縛ってある手の紐ほどき、先ずミトン外した。
手先も、指先も、怒られようが、
マッサージしてあげれば良かった。
一年ぶりに見た指も手もすごく細かった。
爪も切ってくれてなく、手はグーのまま、
爪が手に食い込み、指同士も傷だらけだった。
ギターをピック使わず爪で引く人だったから、
爪切るの嫌いな人だったけど、
あんな長い爪、傷だらけで痛かっただろうな。
ごめんね。
時々、これ以上苦しめるなら、
生命線のチューブを抜こうかと何度も思った。
でも爪は伸びている、髪も伸びている。
時々、私を理解する、弟を孫を理解する、
そんな親を見捨てられなかった。
でも、元気な日は大声で叫び、
言葉は聞き取りにくいけど「早く」と聞こえた気がしてた。
経鼻でなければ、
人を人間として見てくれない所にいるより
家に連れて帰りたかった。
12月8日、同級生と会っていて、彼女は看護師。
東京じゃなくて残念だけど、訪問看護のこと色々聞いていたのに、間に合わなかった。
若い頃、親不孝ばかりしていたから。
結婚もせず、仕事ばかりして。
それを不快に思ってたのも知ってる。
親と仲良くなかったのも事実。
この1年の闘いは、
私の勝手な1人よがりの、
親への罪滅ぼしだったのかもしれない。
でも、
死に顔は苦しそうではなかったから、
静かにお迎えがきたんだと思う。
解剖は、もう苦しめたくなかったから拒んだ。
何が突然おこったのかわからない。
連休だから主治医は3日間連絡取れない。
代わりの外勤の当直の内科医は、看護師とチャラついて。
死んだ後、
なんども病院都合で、同日病院に行った。
「ご臨終です」と言った医師は、
すでに3回、死んだ同日に会っている。
なのに3回とも初めましてと、
ニヤニヤ笑って入ってくる。
看護婦といちゃついて、入室。
不謹慎きわまりない
頑固な私と違い、
普段、温厚な弟もキレたくらい
老人の介護病床なんて、
死に慣れるのかもしれないけど、
人の親が死んだ日に、笑うな
しかも若い女の看護師いちゃついて、
不真面目すぎる。
呼吸停止したのは、
少なくとも私が病院についた5:30には息していなかった。
病院から電話きたのは5時前。
深夜のタクシーは早くあがりたいのか、
6台くらい空車でも無視された。
やっと7台目で止めたから、すぐ行けなかった。
弟は自分の車で、
10分くらい早く着いていて、
やはり呼吸していなかったそう。
でも5時は呼吸していたという。
何か吐いたという、その色はドス黒く吐血かと思ったが、
胃酸と混ざった流動食の色でもなく、
ましてや口から吐いたのは疑問が残る。
だって1年近く、口から摂取していないし、
痰の吸引さえしてもらってたんだから、
痰を自分でキレなかったんだから、
なんで口で吐けたのか?
吐ける体力は残っていたのか?
口から吐くのは難しい。
それが肺からなのか、胃からなのか、
喉からなのか?それはわからない。
私が見た時でも吸引してたのは、
鼻から胃へのチューブだった。
口から吐いたもので口から飲み込む力もないから、
窒息死も考えたけど、それなあり得ないそう。
肺炎なら熱はあるはず、それもない。
朝5時までは元気?で平熱。
まさに原因不明の突然死と言われた。
それを老衰と書く矛盾と、
1年の医療ミス(というか簡単な食事ミス)の闘いを考えると
虚しさしか残らない。
1年前の脳出血で死んだというより、
1年余計に頑張れたんだから、
良しと思うしかない。
心の準備ができていたというしかない。
でも、納棺のとき、呼吸停止から、
眉毛も、爪も、伸びていて、
思わず、涙が止まらなくなった。
この1年、
毎日怒鳴って、毎日闘って、結局これかと、
何だったのだろうと、いろんな感情があふれた。
この感情に蓋をすることは簡単だろう。
だけど、自分の治療を後回しにした結果、
自分の病気も悪化して、
親は回復せず、廃人になって、
何が得られたのだろう。
今は私が体調を壊して。
左耳は聞こえない、声は2ヶ月以上かすれ声。
レッスンを休講にした皆様には、
本当にご迷惑おかけしました。
心よりお詫び申し上げます。
そして年が明け、
「困った事あればいつでも連絡下さい」と言う口だけ都議。
人の時間散々奪ったわりに何の役にも立たず、
半年以上経ち、シラっと新年挨拶にきた。
恩着せがましく。今年は選挙だからよろしくと。
相談しても何も役に立たなかったくせに、
呑気にふざけんなと思った。
私の病院嫌いな本当の理由。
この1年ですごく嫌いになった。
素人なら、病院のいいなりになってたのかと思う。
毎日闘いだった。
クレーマーでなく、
「医者なら、ちゃんとしてください」って。
「ただ、ちゃんと患者と向き合ってください」
それで助からない命なら仕方ない。
結果、中途半端な医師にしか、
親を診せてやれなかったことは悔やむ。
誰に話しても
「ひどい話だね」
「実名バラして病院のネットに書け」とか言われるけど、何も解決しない。
行政の力を借りても、
事務長から現場におりることはない。
医師の働き方改革、
病院の経営事情もわかるけど、
もう少し、人間の命=金づるではなく、
ちゃんと命を守る唯一の機関なんだから、
もう少し、老人にも優しくしてほしいと思う。
厚生省の法律も、
もう少し考えた方がよいと思う。
本当に苦しんでるのは誰?
助けが必要なのは誰なのか?
無駄な退院処方や、廃薬など、
日本は恥ずかしい国になってるよ。
お金使ってくれるがん患者には対応が良い。
製薬会社の癒着も、
もう見たくないとこ、見せないでよ。
だから、私はもう抗がん治療はしない。
QOLの手術もしない。
これは私の不満ぶちまけではなく、
こういうことが起こりうる時代なんだと
多くの人に知ってほしいと思う。
で、自分の親や大切な人が突然倒れたら、
プロにすべてお任せでなく、
信頼できる医者を見つけるべき。
ちゃんとした医者は(少しは)いるだろうから。
これから高齢化社会、
もっともっと、終末期医療は発展するべき。
国もその補助金が出れば、
病院も弱者を追い出すこともないでしょう。
少子高齢化だからという理由だけで、
介護保険料も、医療の高度額アップも、
もうこれ以上苦しめないでください。
消費税もただでさえ、あがるのだから。
弟は結婚してるから、自宅にはいない。
私は、不動産登記など
死亡日から14日以内に、
いろいろな手続きをやらないといけない。
まずはそれを淡々とやり、
それから、
犬と自分の余生のための人生だけを見直そうと思う。
親はなんで死んだのだろう。
死因はわからないまま。
老衰にしては、直前まで数値が安定していた。
死亡時刻は、当直医の都合の良い時間、
それだけが腑に落ちないけど、
仕方ない。
前に進もう。。。