1998年、オマーン人の夫と18年の結婚生活、まさか私は2度目の離婚をするとは思わなかった。
私の設計した夢のお家を出なければならない。。。
幸いにも見つけた貸家は狭かったけれど新築の一軒家、これには救われました。。。
それでも無情な離婚の寂しさと、悲しさを乗り越える為に良かったことを考えました。。。![]()
結婚生活で増えたものは体重、●丸に太った自分の体形は大嫌いだったが (アラブでは妻がふくよかに、太っていることが夫の価値を高めると、しかし今は如何なもの❓)、
二人の仲の雲行きがおかしくなって2年、ダイエットで減らなかった体重が43kg減量、これは良かったこと、
若き日のスタイルに戻り、衣服は全て新しく...これも良かったこと、
ところが家を出た時、身の回りのもの以外は何も無し、
何も無いとは… 何もない。。。
コーヒーカップが無い事に気が付き、頭の中がガーンと殴られたような悲しみ。。。
スーパーマーケットで必要な食器だけを個別買い...情けないやら悔しいやら、涙が止まらなかった。…あの日
当時学校経営は火の車。。。余計なものを買うゆとりは無し。。。
それに気が付いた、レバノン人の秘書スヘール、と言っても私の片腕、私生活では彼女は私の年上のお姉さん。。。
何やかんやと心配してくれ、新たな門出と称し、ディナーセットをプレゼントされ...
4人用6種類、合計24枚のディナーセットは、一人住まいの私には多すぎ。。。
その24枚の食器は、お手伝いの人の手で徐々に数が減っていき、残ったのは大皿1枚、小皿1枚、ボールが4枚となりました。。。
ところが食器集めが好きな私、その後、食器棚は使い切れないほどの食器が並ぶようになりましたが。。。
その後、彼女はレバノンに帰国、私の校長職引退、しかし友人関係で行き来をしていました。
とろが、2018年の夏、彼女は世を去ってしまい、私は彼女の食器で必ず食事を取るようになりました。
食器の数は少なくなりましたが、心残るたくさんの想いでのある食器、その素敵な贈り物。。。
実は今朝、私の手から滑り落ちた最後の小皿,初めての失態ですが、とても心が痛み、今日はお詫びの投稿で気を休めたいと思います。
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
スワーダ 公式サイト
https://www.suadalmudhaffar.com/
あなたの悩み相談を受け付けます
https://www.suadalmudhaffar.com/contact/
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

