と言うわけでスワーダは只今東京滞在。。。。震災の後に訪れる日本はスワーダの目には控えめになった街の様子を感じさせる。そして今回の滞在は円高のため外貨の価値の無さに厳しさも感じている。。。


さて家族の予想していない、ましてや現役で頑張っていた人材の突然の損失はやはり悲しいの一言では言い切れるものではない。。。。


スワーダの母も43歳と言う。。若くして私たちを残し亡き人になった。当時の私は8歳か9歳でその悲しみは日ごとに深まって行き、そしてそれが現実にどう私の日常を変えて言ったか。。。。その寂しさと悲しさを思い出させられたここ数日でした。


人生の中で一番厳しい事は、過ぎ去った事はどんな事でも、もとに戻す事ができない。。。“やり直す事ができない現実が有る”。。。その現実がどんなに厳しい事であっても、私たちは受け入れていか無ければならない。言い換えれば自分たちはそれに順応していかなければならないのである。


人との別れとは、それが如何なる別れでもとても寂しいことである。そしてそれは厳しい現実との直面へも導く。 しかし人はその寂しさとの現実を乗り越えて行かなければ自分に負けた事になる。。。人生とは本当に厳しいものであるが、その厳しさに立ち向かい、通り抜けられたときに喜びと、微笑を自分のものに出来るのだとスワーダの経験で身にしみて理解できるが。。。。


各々の悲しみにはそれぞれに重みが有り、通り抜けるには新たな力が必要で、生きている間には同じような別れと出会いが有りながら。。。喜びと悲しみの交差が人間味を作り出しているように感じる。


スワーダは母の亡くなった43歳をまず自分が生きられる年齢の目標にした。その後は “オマケの人生”と考え、お陰さまでその年齢を遥かに越え元気でいる今日の自分を神様に感謝している。


しかしとても厳しい教えをスワーダは娘に伝えていた事を時々後悔する事がある。其れは自分が母を失った8歳を起点に小さな娘に “これから先、ママが生きていることは幸せだと思いなさい” ト娘8歳の誕生日に訳のわからない幼い娘に言い聞かせた事である。


良かったか悪かったか、娘はしっかり立派な、親も頭が下がる母親に育ってくれてことを今スワーダは感謝をしている。 今では私に母親のように接してくれる事が有る。。。子と親が何だか反対になっているような事も時々感じる。。。。


人との別れは人生の中にいろいろな形でめぐり合う。。。どんな別れも寂しいもので、心が傷つき、立ち直る事に時間がかかるが、悲しいときには思い切り泣きわめく、たくさんの涙を流す事が必要だと思う。。。


アラビアンナイトのお話の中に。。。。美しい小瓶に悲しく泣き続けた涙を溜める。。。そしてその美しい小瓶に溜めた涙をながめながら当時を思い出し、語り合う。。。。


悲しみはいつまでも続かない。。。微笑んで、そのときを語れる時が必ず来る。。。其れは美しい小瓶に秘めた悲しい思い出が。。。美しい思い出と化していくものなのです。。。。