今晩はディナーに “クラス2006年” (卒業年度2006年) の生徒数名と一緒にアルブスタンパレスホテルのチャイニーズレストランに行きました。そして今日はチャイニーズニューイヤーとのことで特別なメニューで楽しみました。 


彼らの多くは本年度大学卒業を迎え、次の進路を迎える為にいろいろ考えているようでしたが、クラスメートが集まればやはり卒業当時のまま、ワイワイ、ガヤガヤと多くの思い出話をしました。


ところが今日は自分たちのことよりも、多くの先生達のお話が出て、驚くことに先生方の良いところばかりが話題になり、校長としてはとても嬉しかったですね!!!


マネージメントをしている校長としては、先生がこうして興味深い授業にしてくれたとか、こんな教え方が良かったとか、まあまあ続々と出るではないですか!!! 満足でした!!! 


そしてもっと素晴らしいと思ったことは、ある数学の先生に “僕はぜひ謝りたいので。。。” と言うことまで出てきたのです。


“生徒だったのだから、少々の悪戯は許されるから大丈夫よ” と言っても “どうしても誤らなければいけないと” と言うのです。どうしてそんな風に思うのかと聞いてみると、やはり素晴らしい先生だったと、だからこそ、自分のした悪戯にどうしても誤りたいと思い続けているのです。


14年間、幼稚園から高校まで私のもとで育った彼が、こうして自分のことを考えられ、反省出来る、正直このようなものの考え方、実は日本的なんです。。。。。。これは情緒教育の良さで、自分の非を認めることが出来、自分を反省し見つめられることなんです!!! 


実は先生方の採用はなかなか難しいもの、でも彼らの心の中にひとり、ひとりの先生方の良さを知り、そこから知識を学び、身につけていく。。。。これはスワーダの教育概念だったのです。考える事を身につけた。。。。嬉しいものです。


人間には皆、良い面も悪い面もあります。苦情や文句を言うことは簡単、しかし人の良い面を見て、その良さを認められる、それは本人の心の広さの違いではないで すか??? そして、自分の非を、たとえ時が過ぎても感じる、それは人に対する思いやりが出たことなんです。


教育って、心の広い、豊かな人間味を持った、そして自分を反省し、悪いことは悪かったと言える、人間形成の基礎作りだとスワーダは思います。心の豊かさこそ価値ある人間ではないのでしょうか。


これに勝るほどのリッチは他にはありません!!! 心の豊かさこそが変えがたいリッチなのです。。。。


“20年間のスワーダの働きは何処かで役に立った!!!” と思える今、なんと幸せな仕事が出来たのかと、神様に感謝しています。