私が大学生の頃の話なので、かれこれもう10年ほど前のことになる。
私が通う大学の裏には、学生向けのアパートがたくさんあったのだが、
その中に奇妙なアパートがあった。
アパート自体はなんてことのない、
よくあるような5部屋が横並びに連なる2階建てのアパート。
新しくもないが、オンボロというほど古くもない。
何が奇妙かというと、そのアパート、ちょうど道路に面した方に
ベランダがあるのだが、2階の部屋のベランダに面した窓が、
まるで外から目隠しするかのように、
内側から古新聞やらカレンダーやらがべったりと貼り付けられているのである。
私たちの中では、やくざか宗教団体が監禁部屋として使っているのではないか
と噂になっていた。
私がそのアパートのことを知って半年経ったくらいだろうか、
2階のちょうど真ん中の部屋、203号室が空き部屋となった。
窓の目隠しはすべて外され、入居者募集の貼り紙がされていたのだ。
ちょうど同じ頃、大学の学生寮に入っている友人Tが、最近彼女ができたので、
寮を出て新たにアパートを借りることにしたということで、
引っ越しの手伝いをしてくれと、相談を持ちかけられた。
私は友人のM、Sと3人で、飯を奢ってもらうことを条件に手伝いをすることとした。
Mの実家が農家をしていたので、軽トラを借りて、Tの荷物を引っ越し先へと運んだ。
引っ越し先について、私たちは驚いた。
例の「監禁アパート」の2階の部屋だったのである。
窓の目隠しのことについてはTも気になったそうで、
内見の際に不動産屋や大家に聞いてみたそうだ。
しかし、大家たちもよく分からないとのことだった。
過去に事件や、自殺なんかの事故があったということはないし、
幽霊が出るとかそんな話が住人から出たこともない。
それに、住人もほとんどがTと同じような学生か、一人暮らしの男性ばかりで、
特に人の出入りが激しいとか、変な噂がある人はいないとのことであった。
家賃が安いのが気になったので、理由について尋ねてみたところ、
実は、湿気が強く、押し入れなどにカビが生えやすいので、
家賃を下げざるを得なかったとのことで、
頻繁に換気と除湿をすれば暮らす分には問題ないとのことだった。
拍子抜けしながらも、
それにしても2階の住人がすべて窓に目隠ししているのは異常だ。
落ち着いたら挨拶がてら、隣の人に話を聞いてみることにしようということになった。
しかし、平日の昼間ということもあって、あいにく両隣とも留守で、
挨拶できた下の部屋の住人にそれとなしに窓の件を聞いてみたが、
何も分からないとのことであった。
ちなみに1階の窓は普通にカーテンがかかっていた。
その日の晩は、Tの部屋で鍋をつつきながら宅飲みすることになった。
引っ越しの手伝いの見返りである。
具材と、酒やつまみを買いそろえ、くだらない話をしながら盛り上がった。
気付くと11時過ぎ。酔っているのもあり、帰るのもめんどくさいなということで、
私たちはTの部屋に泊まることにした。
日中の疲れもあってか、12時頃になるとウトウトとし始めた。
私は窓側に寝ていたのだが、ふと誰かに背中を触られたような気がした。
最初、気のせい程度にしか思っていなかったが、そんなことが10分くらいしてまた起きた。
私の背中には窓とカーテンしかない。
(もちろん窓には目隠しをせず、カーテンを取り付けた。)
3度目にふわっと背中に触れた瞬間、それをつかんだ。
なんてことはない。ただのカーテンの裾だった。
なんだ、カーテンか。
ところがそこで疑問が生じた。え?なんでカーテンが背中に触れたんだ。
私は窓から30㎝は離れて寝ている。
カーテンが私の背中に触れるにはカーテンがめくれるかどうかして、動かないと届かない。
もちろん部屋の中には、カーテンがめくれる原因となるような風などない。
不思議に思った私は、窓側に顔を向け、寝なおすことにした。
すると、またしばらくして、カーテンの裾がふわっと浮き上がり、私の方に揺れ動いてくる。
え!?
思わず飛び起きて電気をつけた。するとカーテンは元に戻っていて何の変化もない。
電気をつけたので、Tたちも何事かと起き始めた。
そこで今起きたことを友人たちに話すと、
MやSなどは寝ぼけてたんだろ程度にしか反応しなかったが、
当の部屋の主であるTはさすがに気になったらしく、
確かめてみようということになった。
時計を見ると夜中の1時を過ぎた頃である。
私たち4人は、窓とは反対側に座って、ひたすらカーテンが動くのを待った。
すると15分ほどした頃、カーテンの真ん中、ちょうど床から1mくらいのあたりが、
外から部屋に向かってむくっと膨らんでいく。
そのカーテンのふくらみは、しばらくするとゆっくりと元に戻っていった。
何だったんだ、今のは?
正直、私とSはビビっていたが、TとMは好奇心の方が勝ったらしく、
その正体を暴いてやろうということになった。
次カーテンが膨らんだら、一気にカーテンを引くぞ。
そういうと、Mはカーテン横に移動し、いつでもカーテンを引けるようにスタンバイをした。
私とSは、ただもう怖くてシーツを頭からかぶって部屋の隅にいた。
それでもやはり好奇心には勝てず、目だけは窓の方から離せなかった。
そしてまた15分後。
窓がふわっと盛り上がり始める。
今だ!!
Mがサッとカーテンを一気に引いた。
そこには髪の長い女が、まるで窓から垂直に生えるかのように首から上、頭の部分を出していた。
そしてゆっくり顔を上げると、すーっと窓の方へ引っ込んでいった。
その顔は、ただひたすら白く、目はまるで宙を見ているようで、表情がなかった。
Tの「カーテン閉めろ!」の声でハッと我に返った。
Mがカーテンを閉めると、Tはさっとガムテープでカーテンをめくれないように貼り付け、
テーブルを窓に立てかけた。
そして、4人で布団にくるまり、できるだけ窓から離れたところで朝になるのを待った。
今考えると部屋から逃げればいいと思うだろうが、
その時は、あの女が外にいるんじゃないかと思って、部屋から出るのが怖かった。
後から聞いた話だが、
そのアパートのちょうど205号室にSのバイト仲間が住んでいたらしくて、
Sがアパートのことについて聞いたところ、今までそんなものは見たことないとのことだった。
ただ、そいつはその部屋を大学(俺らとは別の大学)の先輩から引き継ぐような形で借りていて、
窓の目隠しだけは絶対に外すなとしつこく言われていたそうである。
ちなみに、Tはあの夜の後、しばらく友人宅を泊まり歩いていたらしいが、
引っ越す金もないし、彼女とHしたいという下心には勝てず、1週間程度で部屋に戻ったという。
隣人の真似をして、Tも窓にポスターを貼ってみたところ、それ以降、あの女が顔を出すことはなかったそうだ。同じタイミングで、お札と盛り塩をするようにしたから、どれが効果あったかはわからないとのことだが。