《ろう者の伝統的手話表現における〝顔の文法〟集》5シリーズ4 | 原始人のブログ

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 著者は、聴力が有りながら語音の判別が難しい身に生まれ、13歳の熱病で難聴に、そして聾に。聴と聾の間を生きてきました。それゆえ、聴者とろう者の相互理解をめざして主に、《ろう者的思考法》と《ろう者の手話》についてその魅力を、従来にない独自の視点で書いています。

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【目の動き】

 【目の動き】の説明に入る。この「動き」という表現には、頭・顎・目・・・と箇所が変わるたびに、使い方に微妙なニュアンスの違いがあるが、それは各箇所の機能の違いによるものとご理解いただきたい。その「違い」が、各箇所の「特徴」であり、ろう者は情報伝達の手段として、実に見事な活用を行なっているのである。


《視線の移動》と《目の開閉》

 【目の動き】には大別して、《視線の移動》と《目の開閉》の2種類がある。後者は、厳密には〝まぶたの動き〟であるが、ここでは《目を見開く・細める・つむる》として説明する。
 このほかに、「目」は「眉」と連携して、《目尻の上げ・下げ》とか《眉間の縮め・緩め》の動きを行う。
 ろう者は、手指動作と共に、それらの動きまで〝抜け目なく〟うまく活用して、情報伝達を行なっているのである。と言うと、ろう者を別の人種=スーパーマンのように考えられては困るが、普通みんなが持っていて無意識であったり忘れてしまっていたりしている〝機能〟を、聴覚と発声の代わりに活用しているのだとご理解いただきたい。


1.表現効果を高める《視線の移動》

 《視線の移動》は、指差し、手指の移動、体や顔の向きの変化などに伴って行われる。ろう者との会話において手指動作にばかり目をやらずに、相手と視線を合わせていると、相手の視線の動きが情報伝達に効果を上げていることに気づく。視線の動きが伴うのと、伴わないのとでは、伴ったほうがついその動きにつられてしまうであろう。相手の話に〝共感〟できるのである。
 たとえば、ビルの高さを表現する時に、「高い」の手指動作だけでなく、〈ゆっくりとした見上げる動作〉と共に〈視線の動き〉を伴えば、ビルの高さがより感じられる。ほかの、「遠い」「深い」「長い」「広い」などの表現においても同様である。これらの場合、後述の《目を細める》動きが伴う。
 また、人や物の移動を表現する時にも、〈視線の動き〉が欠かせないし、手指の動きと共に「速さ」の程度までもが表現できる。「行った」とか「来た」とか手指で表現していて、それに視線が伴わなかったら変であろう。

 《指差し》については、すでに必要箇所で述べてきた。《視線の移動》との関係で説明すると、次のようになる。会話相手をさす際には、相手に視線を合わせる。第三者や物をさす場合には、指の移動に従い一瞬視線を対象方向に移動させ、会話相手に視線を戻す。

 【顎の動き】の章で、ろう者の〈無言の指示・命令〉について先述した。ろう者も、いや、ろう者ならこそ、手指動作を使用しない〝無言〟の指示・命令が可能なのは、この《視線の移動》を手話による日常会話の中で巧みに活用しているからである。


2.口ほどにものを言う《目の開閉》

 目の開閉具合(=見開く・細める・つむる)は、ろう者の手話の形容詞的表現や動詞的表現を修飾し、状態の程度を表す副詞的働きをする。


1)目を見開く

 人は驚いたり興奮したりした時に、大きく《目を見開く》。ろう者の手話では、そのような精神状態を表す「興奮」「すごい」「こわい・おびえる」などという単語の手指動作を〈目を見開いて〉表現する。
 さらに「すごい」は、口の形(口型)を「オ」にする。
 また、「こわい・おびえる」の手指動作は、「冬・寒い」と似ているが、後者は《目を細める》ので区別がつく。


2)目を細める

 ろう者の手話ではまた、単語の意味や実感として受けた感じを《目を細める》ことで表現する。下記は、系統別に3つのグループに分けた例である。

 A.あいまい、(色が)薄い、ボケる

 B.遠い、長い、いつか、ずっと(続く)、遅い、高層、とても古い、いろいろ

 C.細い(肩をすぼめて)、(厚さが)薄い、美しい、すっぱい(口をつぼめて)、寒い

 Aは、はっきりしていない様子を表現。

 Bは、途てつもない様子を表現。

 Cは、感じたままを表現。

 上記のどの単語においても、手指動作を起こす前に先述した間(ま)=溜めを設け、ゆっくりと動作を行うことで意味が強められる。


3)目をつむる

 つむり方には、〈一瞬〉と〈強く〉の2種類ある。

 〈一瞬つむる〉ほうは、時間の短さの表現であり、「あっという間」などの単語と共に表現される。

 〈強くつむる〉ほうは、細めるよりさらに強い意味合いがあり、状態の〝強烈さ〟が表現される。手指動作も、そのような状態をうまく表現することで、下記の例のような意味が伝えられる。

「忙しい」⇒きりきり舞い、てんてこ舞いの状態

「残念」⇒すごく残念

「楽しい・嬉しい」⇒とても楽しい・嬉しい

「風が吹いた」⇒すごい強風が吹いた


【目と眉の動き】

 目と眉は近い位置にあるので、互いの動きがどうしても影響し合う。一方だけを動かすのは、なかなか難しい。しかし、前述の《視線の移動》と《目の開閉》については、眉の動きを意識する必要がないので、前章で【目の動き】として説明した。
 本章では、目と眉とが連携して行う《目尻を上げる・下げる》と《眉間を縮める・緩める》について説明する。


《目尻の上げ・下げ》《眉間の縮め・緩め》


1.《目尻を上げる》と《目尻を下げる》

 上記したように、両目尻を上げようとすると眉もつられて動き、左右の眉の両側が上がる。それにより、目のつり上がりが、いっそう目立つ。
 逆に目尻を下げる場合も、眉の助けを借りて、下がり具合が目立つ。
 似顔絵を描いた経験がおありの方は、お分かりだろう。〈目尻が上がった顔〉と〈目尻が下がった顔〉のどちらが、
〝きつい〟あるいは〝おだやかに〟感じるだろうか。正解は、

 〈目尻が上がった顔〉⇒きつい

 〈目尻が下がった顔〉⇒おだやか

 これらそれぞれの顔を、それぞれの意味合いのある単語の手指動作と共に表現すると、情報伝達の効果があがる。下記は、その単語の例である。

 《目尻を上げる》⇒怒る、頭にくる、キレル、叱る

 《目尻が下げる》⇒ほめる、可愛がる、儲ける(口型ポ)


2.《眉間を縮める》と《眉間を緩める》

 表題のような言い方は、お聞きになったことがなく、「眉間にしわを寄せる」ならご存知だろう。「眉間」とは、眉と眉の間をさすが、先述したように眉と目の動きは影響し合うので、眉間にしわを寄せようとすると当然、両目の間にもしわが寄る。そのことが、目尻に比べ目立ちにくい眉間の動きを目立たせるのである。
 さて、〝眉間にしわを寄せる=眉間を縮める〟のは、どういう時であろう。決して心地よい時ではなく、不快な時だろう。不快な思いをしていて、快に転じた時に気が緩んで、眉間のしわが消えるのである。
 ろう者の手話でも、そのような意味合いの単語の手指動作と共にそれぞれの表現を行い、情報伝達の効果を上げるのである。下記は、その単語の例である。

 《眉間を縮める》⇒迷惑、汚い、臭い、からい

 《眉間を緩める》⇒ホッとする、スッキリした(口型パ)