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ジョリのブログ

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 もうけっこういい年齢なのだが、生まれて初めて、愛媛県に行ってきた。

 道後温泉に行き、それから、松山の松山城あたりの、有名な洋館とそこに併設されている漱石喫茶店とかいうところにも行って、コーヒーを一杯、飲んできた。

 

 

 それで、家に帰ってから、「坊ちゃん」を読み直してみた。

 意図しなかったことだが、夏目漱石がぐっと身近に感じられるようになった旅行だった。

 

 小説、坊ちゃんについてだが、細かい内容はいいとして、清(キヨ)という下女のばあさんのが話に出てくるのだが、この清についての、坊ちゃんの話は、いつも心を打たれる。そして、涙が出る。

 

 例えば、

 

「母が死んでから清はいよよいおれをかわいがった。時々は子供心になぜあんなにかわいがるのか不審に思った。つまらない、よせばいいのにと思った。気の毒だと思った。それでも清はかわいがる(以下続く)」

 

 というふうに、愛情に恵まれなかった子どもが、自分を愛してくれている人を見つけて、本当に、その人を思っている、そんな気持ちがとても心を打って、どうにも涙を流さずにはいられない気持ちになるのだ。

 小説、坊ちゃんの一番、いいところは、この清と坊ちゃんの、関わりなんじゃないかなと個人的には思っている。

 最近は、アマゾンのaudibleで、フィリップ・K・ディックばかり聞いていて、まるで村上春樹の初期の小説を聞いているような気分だったのだが、山本周五郎も聞いたりして、それは、それで感動して、涙なんか流したりもしたのだけれども、ふと、堀辰雄の「風立ちぬ」を聞いたら、やけに感動した。

 自分の大好きな福永武彦は、堀辰雄の大ファンだったことを思い出した。「風立ちぬ」を聞いていると、なんだか、とても心地が良かったのだ。

 

 まあ、それは、なぜだろうかとふと考えたら、堀辰雄の描く世界は、現代の現実の日常生活で味わうような、理不尽さや、ばかばかしさや、ひどい扱いといったようなものを排除した、とてもきれいで美しい、ちょっと嫌味な言い方をすれば、上澄みだけの、美しくて、純粋で、悲しく切ない、そんな、夢物語のような世界を描いているからだと思った。

 

 まあ、小説の中だけでも、こういう世界があってもいいと思った。たまには、こういう世界に逃避しなければ、実際、生きていけない気がする。

 

 

 車のディーラー(トヨタ)で、車の点検をしてもらっている間、暇だったので、持ってきたkindleを読んでいた。新しいkindleを買ったら、これがすこぶる調子が良くて(今までのは、画面の切り替えがあまりにも遅くて、ほとんど使っていなかった)、けっこう使っている。

 ところで、amazonのkindle unlimitedに入っているので、まあ、適当に読みたい本を探して、本を読んでみた。そのタイトルが「心穏やかに生きる哲学」(ブリジット・バルニー著)という本で、パラパラと読んでみたら、なかなかおもしろかった。

 ところで、その心穏やかに生きる哲学という本の中で、一冊、小説の本が紹介されていた。

基本哲学の本なので、小説の本が紹介されているということは、この本の中ではたぶん珍しいことだった。その本が、カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」だった。

 

 あれっ?と思って、自分が持っていたカバンの中を調べていた。一冊、机の上に置いてあった文庫本を持ってきたのだ。本を見てみると、やはり思ったとおりだった。それは、カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」だった。

 

 こんな偶然があるのかと、ちょっと恐ろしいぐらいの、偶然にびっくりした。だって、この「心穏やかに生きる哲学」という本も、さっき偶然、何千とあるkindle unlimitedの本の中でたまたま選んだ本だったのだ。

 そして、何万という小説(たぶん、家の中には、文庫本とかだったら、本は数千冊はあるはずだ)、その中から、たまたま選んで、かばんの中に入れた本が、「わたしを離さないで」だった。

 

 ところで、実は、「わたしを離さないで」をまだ、しっかりと読んでいない。だから、この偶然をきっかけにして、これから読んでみようと思っている。