偉い先生と話をしていたら、「去る者追わず」とアドバイスをいただいた。
それで、去る者、追わずは、そもそも、いったい誰がいい始めたのだろうかと思って調べてみたら、孟子、という人の言葉ということだった。
家に中国文学全集があって、まあ、孟子もあったよなと思って、本棚の本を探してみたら、孟子があったので読んでみた。
その孟子の中に、117 終生の憂いという章があって、ちょっと気に入ったので書いておく。
もし誰かから無理非道なふるまいをされたなら、君子は、必ず、『わたしが仁に欠けていたからに違いない。わたしが無礼をはたらいたからに違いない。でなければ、こんなことがどうして起こるはずがあろうか』と反省する。
だが反省してみても、仁愛にも礼儀にも少しも欠けるところがないのに、依然として無理非道なふるまいが続くならば、次には必ず『私が真心をつくしていないからに違いない』と反省する。反省した結果、真心を尽くさぬことはないと思われるのに、依然として無理非道なふるまいが続くならば、そこではじめて、『どうもこれは無茶な人間に違いない。これでは鳥や獣とえらぶところがないではないか。鳥や獣に対しては、何ともとがめようもあるまい』と断定する。
このようなわけであるから、君子は人間の根本問題について終生憂えることはないのである。