例の、もし離島へ(もしくは、監獄でもいい)、CDを5枚持っていくとしたら、と考えていた。(CDを持っていく、なんて考えは、とても古くさいのだろうけれど、じゃあ、アルバムを5枚だけ、ダウンロードして持参できるとしたらでもいい)。
ルドルフ・ゼルキンの弾く、ベートーヴェンのCDは絶対にはずせないと考えていた。
あとは、ポリーニの、ポロネーズ(幻想ポロネーズが入っているやつ)と、他に何だろうか?
まあ、それぐらいゼルキンの弾くベートーヴェンは好きなCDで、けっこうこれまでも聴いていたのだが、最近、1年間ぐらいはほとんど聴いていなかった。だが、ここ数週間ぐらいは、他の曲なんかと一緒に、ちらほらと聴いていて、特にこの1週間ぐらいは、最後の、31番の3楽章が、無性に良くてたまらなくて、なんどもなんども繰り返し聞いている。
暗い日本海の冬の景色の、そこに小さく咲いている花みたいなイメージ。
実際には、日本海の冬には、花は咲いていないのだが……。(たぶん、咲いていない。雪椿というのがあるらしいが、ちょっと調べたが、やっぱり、あれは冬には咲いていない。)
最近はトルストイをずっと読んでいて、「復活」は、半年ぐらい、読み続けている。
ずっとつまらないと思っていた、「アンナ・カレーニナ」も、ひろい読みをしながら読んでいる。
「アンナ・カレーニナ」は、世界で一番、すごい小説だという評価もあったので、今までもなんど読んでみようとしたのだが、冗長で、いつも投げ出していたのだが、それが、やっといいところを見つけて、素直におもしろいと感じられるようになった。
話は、すっかり変わるが、アマゾン・プライムで、アメリカのドラマの「スーツ」というのが年会費を払うと無料?で見れて、1シーズンから、4シーズンまで一気に見た。
「ダウントン・アビー」もおもしろくて、4シーズンまでみたが、あれは最初の2シーズンぐらいまでしかおもしろくなかったが、「スーツ」は、中だるみはするけれども、4シーズンの最後までおもしろい。ドラマばっかり見続けていたら、逆に、小説の良さというものを、再確認できた気がする。当たり前のことだけれども、現代の非常におもしろい通俗ドラマにはない、おもしろさ、良さが、小説にはある。
かなり、脱線したので、話を最初のベートーヴェンに戻す。
なぜ、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ、この曲がこれほどまでにいいのかと考えていたのだ。
答え。
死ぬ前に作った曲だから。
トルストイの復活も、わりと死ぬ前に作ったものだ。
世界に永遠に名を残し続ける芸術家が、最後の最後に作ったもの。
非常に深い味わいと趣と、人間の魂を根幹から揺すぶるような、非常に美しい感情みたいなものが、感じられる。そういうことだ。
とにかく、この曲を聴いていると、今まであった嫌なことも、ちょっと許してやってもいいのか、とか、そういう気持ちが自然とわいてくるというか、そもそもそんなことも考えずに
この曲の美しさに、心とからだ全体が、のっとられてしまうような気分になる。
もちろん、これを弾いているゼルキンがいいのだ。
自分が知っている限り、この、切ないような響きは、ゼルキンの演奏のたまものだ。
どうしたら、こんなふうに、切ない情感たっぷりの美しい旋律を、ゼルキンは生み出すことができるただろうか。そんなことも考えていた。