今回の一分間写真紀行は東京都豊島区雑司が谷霊園にある『夏目漱石の墓』です。




池袋、もしくは鬼子母神前、雑司が谷駅辺りから歩いて数分の雑司が谷霊園。
著名人のお墓たくさんあります。
その一つが『夏目漱石の墓』です。
よく見ると戒名が『文献院古道漱石居士』いかにも文豪!って感じです。



因みに雑司が谷霊園には
妖怪記者小泉八雲さん。



徳川埋蔵金をキーマン、幕臣小栗上野介こと、小栗忠順さん。

遭難の末、アメリカへ!で有名な土佐の中濱・ジョン・万次郎さん。

などもいらっしゃいます。

静かな霊園は、怖いというより、爽やかな緑溢れるいいとこでした。
皆さんも、飲物片手に、お墓の前で歴史上の先輩たちと語らってみては?




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今日の一分間写真紀行は『栃木県日光市二荒山神社』。栃木県日光市は日本で2番目に面積の大きい市です。言わずと知れた、日光東照宮の脇に佇むこの神社は、下野国一宮。中禅寺湖にある、中宮には、御神体への修験登山道が。

山門


参道


むしる緑


むす苔


境内


中宮


登山門


登山道










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今日の写真紀行。
文章作成で更新が遅くなりがちなので、
写真で紹介コーナーを作ります。

いつか本編『紀行』にのせる。
ことにします。

コメントに興味、質問頂けると記事にするとき参考になります!!

よろしくお願いいたします!


写真は、『静岡県浜松市竜ヶ岩洞』にある、『日本一面白い顔ハメ』。

面白いかな?

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今日、紹介するのは
日本随一の洒落た高架下御徒町
『2K540 ARTISAN』。


言うなれば、現代版の人口商店街?
ショッピングモールというには、もう少し地に足をつけている感じ。

このスポットの面白いところは、東京都山手線御徒町で降りても気づかない。そして、おとなりの秋葉原駅で降りても気づかない。ところである。


そんな、微妙なところにある。

どこかと言えば、山手線御徒町駅から、秋葉原駅に向かう高架下にある。

御徒町と秋葉原駅は町の雰囲気も違うため、秋葉原駅から、上野駅まで散策でもしない(しかも、線路沿いに!!)と出逢えないスポットである。

そもそも、『2K540』とはなにか?

それは、日本全国の職人(イタリア語でARTISAN)による高品質の商品を集めた、現代版の商店街である。



傘、防止、家具、玩具、などなど。

名前の由来はここを挟む、『秋(あき)葉原駅の「K」』、『御徒(おかち)町の『K』』から、K2。そして、ここが東京駅から約540mのところにあるので540。

とのこと。

ホームページには、
『職人(ARTISAN)』というコンセプトは、ここが『職人町』であったことに由来するように書いてある。

少し調べてみると、
御徒町の『御徒』とは、この地域における江戸時代の下級武士の呼び名で、俸録とべつに、長屋で内職しながら過ごしていたらしい。はっきりとはしないが、このイメージがコンセプトに繋がっているなら面白い。

高架下のまちは、小さな白色のブロックで構成されて、とてもお洒落で歩くだけで楽しい。

お薦めは、厳選されたにもかかわらず120円で提供されるコーヒー。

多くの人で賑わう。

一度、散策ついでに味わっていただきたい。











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今日は下津井鷲羽山を紹介したい。



Grand Touring Japan  アウトバックで行く日本の旅 より
21世紀のプロポーズ-日本紀行文化編


訪れたのが7年前。
自分で撮った写真がのせられないのであるが、北海道網走の『能取岬』と並んで、双璧をなす私の名勝ポイント。

推薦するのは山頂の岩に立つときにみえる『瀬戸大橋一望』である。ダイナミックで神様が作ったような巨大な建造物。

下津井鷲羽山は現在の倉敷市、旧児島市にある。


児島市(ウィキペディアより)


21世紀のプロポーズ-日本紀行文化編

児島市は岡山県南岸のまちで、言わずと知れた日本一のジーンズ生産拠点。約8万人
の港町、工業町である。

当時は、その事実を知りながらも、繊維には脇目も降らずに、不意に思いついた『瀬戸大橋の北岸』をみるというテーマで児島駅から、南へ歩きだした。

さて、旅の始まりだ。

海と漁師町に並行した道路をひたすら歩く。歩く。歩く。

鷲羽山ハイランドという看板を横目に、ひたすら歩く。

半島をぐるり回ると、寂れたホテル?が見える。

そうすると、瀬戸内海が間近に見える。
深い青緑のオホーツク海しかしらない私は、透明度の高いコマリンブルーの海に驚いていた。綺麗だ。

突然の雨。

道路が少し濡れるなか、山沿いの斜面に野性の綺麗なキジを見つけ、また驚く。

歩みを進めると、瀬戸大橋が見えてくる。港町下津井に下る道の付け根に、『ずんずん』と大きく構える橋の支柱。

ここから、下津井に入る。


下津井(ウィキペディアより)


21世紀のプロポーズ-日本紀行文化編



下津井は、静かな港町。まちは昭和にタイムスリップしたようなくねった道と江戸時代を再現した、黒なまこの壁がいい。


下津井の街並み(ウィキペディアより)
21世紀のプロポーズ-日本紀行文化編


まちはずれに、下津井祇園神社がある。


下津井祇園神社(るるぶより)


21世紀のプロポーズ-日本紀行文化編


瀬戸内海の浮島が水墨画のようなゆっくりとした情景を作る。ベンチに座り海を感じる。

お参りをして、まちを戻り抜ける。

階段を登り、高台から下津井の眺め。瓦屋根の灰色と海の青、いつのまにか晴れた光が海に照りかえる様もいい。

さてさて、ここから小路、山道を登り、鷲羽山にのぼる。

ダイナミックな瀬戸大橋を右目に
小高い山をのぼる。

のぼると、大岩がある。頂上、名勝鷲羽山につく。


おかやまの自然百選より 鷲羽山絶景
21世紀のプロポーズ-日本紀行文化編

見るも、絶景、息を呑む。

岡山県の南岸下津井から飛び出た、瀬戸大橋が何個もの島をまたいで遠く遠くまで突き抜ける。その先に、うっすらとまだ行ったことのない四国が見えた!
先は、高松か坂出か。

とにかく、人間が作ったと思えないような巨大な橋が目に映る。大きい。凄い。ただ見とれた。

思わず叫ぶ。

『待ってろよ!四国!絶対行ってやるからな!』

(ー数年後にそれは叶うがそれはまた別のはなし。)

この光景が今でも忘れられない、人生で一番の絶景。人生であと二度は行きたい風景。

帰りはまた歩く。

遊歩道の名はたしか『風の道』。

これは、下津井電鉄廃線跡のサイクリングコース。


風よし、空よし、旅はよし。

そのあとは岡山に戻りました。

最高の旅路。お薦めです。


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さて、後編では、本堂を写真で紹介する。



中は博物館のようになっている。
静寂であること以外は特別これといった特徴がないのは少し物足りなさがあるが、寺自体は立派である。

本堂。



開基した、僧無文元選が中国から帰る際に、船を守ってくださったのが、『半僧坊権現』である。方広寺では、『半僧坊権現』がまつられ、そのまま『半僧坊』と別名で呼ばれる。



京都を感じる庭。枯山水。




本堂周辺にもお地蔵様



お地蔵様のなかに、小栗旬がよくやるポーズのものが。伝わるかな?こういうのが、五百羅漢の楽しみ。



同行人いわく、お姉系。



方広寺のよさは、五百羅漢と共に京都並みの寺散策ができるとこですね。



遠い京都のお寺までいけないとき、
実は近くにあって知らない、名古刹を不意に訪ねてみるのはいかがでしょうか?

実は、この方広寺、ドライブで不意に見つけて散策し出会ったお寺です。

地図で知らない山奥の『卍』を見つけて、レッツゴー!いい出会いが待ってるはず。

では、次の紀行で。

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今日紹介するのは。

静岡県浜松市北区にある、臨済宗方広寺派大本山方広寺である。

推薦ポイントは『静寂を預かるOJZ500』

さて、どんなとこでしょう?
OJZ500とは?



まずは浜松について。

静岡県浜松市は静岡県西部(遠州地方)にある人口約80万人の政令指定都市である。平成の大合併で日本で2番目に面積の大きい市となった。実は、静岡県において、人口、面積共に一位は静岡市ではなく、浜松市である。

浜松市
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%9C%E6%9D%BE%E5%B8%82

浜松市は合併時に7区に別れ、そのうち、細江、引佐、そして、みかんで有名な三ヶ日などが編入されたのが北区。

その北区、引佐にあるのが方広寺である。

方広寺は臨済宗方広寺派閥大本山。

臨済宗
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%87%A8%E6%B8%88%E5%AE%97

臨済宗は鎌倉時代に栄西によって中国から伝えられた禅の宗派。

臨済宗には最古宗派である建仁寺派、末寺3400余りの最大宗派である妙心寺派、嵐山の天龍寺派、絶景かなで有名な山門を構える南禅寺派など、様々な宗派が存在する。

そのうち、静岡県を中心に約170の末寺を持ち営われているのが、引佐奥山にある方広寺である。

浜名湖の西湖岸を進んで北東に進むと、奥山高原がある。その麓に些細な門前町が見えてくる。



門前町の売店にはそば、麩菓子、山菜、漬け物といった山の品が並ぶ。



門を越えると朱塗りの山門が見えてくる。



山門を越えると、静寂のなか現れるのが、五百羅漢こそ『OJZ(お地蔵様)500』である。

※お地蔵様を、揶揄するように聞こえてしまう点は申し訳ありません。多くの方に興味をもっていただきたく、今風の表現をあえて使用させていただきます。







そして


とにかく境内の至るとこに無数のお地蔵様が佇んでいる。これが、方広寺のみどころである。

五百羅漢とは、仏陀に常に付き添った500の弟子を表現した像。全国にある。

私もいくつか見たが、こんなにも自由に配置されて境内で『暮らしている』ようなのは初めてお目にかかった。さながら白雪姫の小人やトイストーリーのおもちゃたちのようである。

すべて、異なる顔とポーズをしていて、愛嬌がある。



お地蔵様の一つ一つが無数の人の手で、歴史をかけて作られてきたことに敬意と感動を覚える。

大きな杉と清水を越えていくと渓谷に赤い橋。それを越えると境内にやっとたどり着く。



境内に入館してみた。
この続きは後編にて。













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前回は、沖縄県南城市にある、海カフェ『浜辺の茶屋』について、行き方とワイルドオーナーとその飼いネコについてお話しした。



後編ではお店を紹介したい。
海から見るとこんな風。





まずはお店に入ると、まるで海の上にいるような景色が飛び込んでくる。

じゃん!



沖縄の海の快さがいっぱいに拡がる。
なんとも気持ちいい。
撮影時は干潮で、海の上!とはいかなかったが、帰り際には満ちてきた。



メニューはコーヒーやカフェオレなど中心に、フードもある。
ここで、ピザも頼んだ、沖縄の野菜と野草で作られた味は自然の味がして、食べた瞬間健康になるように感じられた。

店内には、お店のアルバムがあった。




この『浜辺の茶屋』では、年に数回イベントを開催すると言う。

海上にスクリーンを張った映画会。
浜辺の音楽会。

ワイルドオーナーの秘密基地のようだ。

沖縄にいったらオーナーとネコに会いに行って欲しい。

















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今日紹介するのは。

沖縄県南城市にある、海カフェ『浜辺の茶屋』。



南城市は2006年に平成の大合併で生まれた、人口約4万人の沖縄県の南部に位置するまちである。

那覇空港から、海沿いにひめゆりの塔を目指す。越えて丘をひとつ越える。そうすると、海が開けて、『浜辺の茶屋』のある、南西岸にたどり着く。

屋上から海へ降りるように入口がある。

店内に入る前に、まず目についたのは一人のおじさんとネコである。


おじさんは投網を持つと突然に海に入り投げ込む。

パシャ!っと言う水しぶきがたつと思うと、魚をこしらえた海の匠がそこにはいた。


実はこの匠何をかくそうここのオーナーである。


飼い猫に餌をあげたり。
ネコもご機嫌みたい。





さて、店内はどうなっているのでしょうか?それは次の回で。





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『週末は 必ず何処かに 旅に出る』

を目標に取材(観光?)にでかけては紀行文に起こそうとしています。



今週末は、雨でなければここ!

※写真は『下栗の里のホームページより』

最近、お盆に、奈良井宿、松本城、長野善光寺、先週は諏訪大社と長野にいきづくめですが、今週末も長野にいって来ようかと。

旅先は、
南信濃の『長野県飯田市遠山郷 下栗の里』

日本の秘境100選にも入る、
標高800-1000の山岳斜面にある村里です。

この地域には、まるで『千と千尋の神隠し』の舞台のような「お湯神様」の御祭りがあったり、温泉があったりするらしいです。

最近では、引っ越し屋さんのCMで見たような気もします。

どんな旅になるか、お楽しみにー。