- This Is The One/Utada
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Utadaとしての2ndアルバム「This is the One」は、彼女の“Utada”としてのコンセプトがはっきり見える一枚だと思っている。
前作の“EXODUS”が宇宙的な広がりとも言えるエモーションを爆発させる強かで壮大な一枚だとすれば、
今作はわかりやすく、“誰もが手にとれる”一枚にしていると思う。
日本人としての自分の立ち位置を巧みに利用しながら(「Merry-Christmas Mr.Lawrence」を、海外というフィールドで、そしてさらにああいうアレンジで行っていいのは、日本人の彼女だからこそだと思う。)、洋楽というフィールドに素直に自分を持ってくるそのピントの切り替えの速さは天才の彼女こそだろう。
宇多田ヒカルは間違いなく天才だが、彼女が賢いと思うのは、自分の音楽性に俯瞰的な視線を持っていることだろう。
たとえば、彼女のケースとは少し違うが、ソロとバンドを使い分ける人は多く居る。が、その中の6割くらいは大抵ソロなんだかバンドなのかわからなくなるのが普通だ。そこの音楽性の差を見つけづらい。
だが彼女においては、はっきりとその音楽性に異なりを産み出しているし、それを出来る彼女であるからこそ、海外進出は実に正しい選択だと言えよう。
宇多田ヒカル、というアーティストとしてあれほど邦楽の深みを産み出した彼女が、
洋楽、というフィールドにおいてもその才能を軽やかに見せてくれる姿は実に頼もしい。
本当に音楽という才能に、溺れず、流されず、うまく操縦してゆくその姿に私は畏敬の念すら覚える。
そしてこの「This is the One」は邦楽シーンにおいての彼女には見いだせない、
大胆な一面も覗かせる歌詞も印象的だ。(それは前作においても多少言えることであったが)
おそらく彼女はそういったことをあえて宇多田ヒカルのフィールドでは封じてきたのだろうし、
ライトに楽しみながら(ときに火遊びもしながら)、恋をする彼女の姿は20代の彼女そのままなんだろうと思う。
突っ込んだ見方をすれば、今作「This is the One」ではダンスミュージックとしての機能を意識していると思う。とにかく踊れて良質なポップスを提供するという自覚をわたしはひしひしと感じる。一曲目「On And On」は特にそういう一曲だと思うし、激しいダンスミュージックではないが、人の心をくすぐるくらいには心地よく、BGMとしても適していることまで計算つくされた曲ではないだろうか。
つまり彼女は今作「This is the One」ではダンスミュージック、ひいてはポップスの実にライトな部分を音の世界で表現し、その詞世界で20代の女性としての素直な感覚を綴っているのだと思う。
もちろんそこは彼女の世界観があるがゆえ、その詞世界の味わいも深いし、「Apple and Cinnamon」のせつなさをライトなどと表現出来る筈がない。
聴いて心地よく、読んで味わい深いという、その適度さのバランスには本当に脱帽である。
宇多田ヒカル、というアーティストが負っているものは実にへヴィだし、彼女が表現していることもへヴィだ。
彼女が宇多田ヒカルとして行っていることは、生きることへの壮絶な自覚である。
悲しみを知り尽くした十代から、それを飲み込み戦い続けことを自覚した彼女の戦いの記録が宇多田ヒカルである。
だからこそ、彼女のシングルコレクション1で、彼女が「思春期」とその歌詞カードに記していることが私にとっては印象的で仕方がない。
また彼女の最新アルバム「HEART STATION」はあんなに温かで優しい曲がそろっていながらも、描かれていることは、生きるということ、人生ということへの目線がひたすらに綴られている。そしてその温かさ、優しさは、彼女が悲しみを知り尽くし飲み込み、受け入れてきたがゆえに生まれる強さとしてのそれなのである。
なにはともあれ、この良質なポップスを享受できる私たちを実に幸福だと言いたい。
よく彼女のこの“Utada”としての活動をセールス的にどうだと言う人々がいるが、実にナンセンスだ。
彼女はセールスなんか見ていないだろうし、彼女がしていることは、その才能を潤滑に機能させるための行動でしかない。
そしてその才能の恩恵をこうして踊り、唄い、励まされながら楽しめるのだから、彼女は表現者としても、商業的に活動する音楽家として実に正しいと思う。