歓びの種



以前、「注目」というカテゴリーで、興味を示した、YUKIのNEWシングル「歓びの種」

漸く聴くことが出来ました。


PVで印象的に存在した夕焼けのように、うつくしくて切なくて、力強い唄だと感じた。

生きていく上での計り知れない悲しみを知りながらも、それでも生きていく、と唄うその強さ。

うつくしい、ということはある意味で強さがあることである。

そのことを、軽やかにも実直に伝えてくれるエネルギーを感じた。


「陽だまりのにおい 雨上がりの空

与えられたのなら 受けとめよう」

「しかられてみよう 愛されてみよう

心の底から 信じてみよう」


そんな風に唄えることの強さ。悲しさをも包み込んでしまう、そのしなやかな強さ。

強さとは、何かを越えなければ生まれるものではないと思う。

YUKIというひとりの人間は、これほどまでにしなやかに強い。

そのことは、あらゆるひとに希望を与える。彼女自身が、夕焼けのようだ。


わたしが、何よりも感銘を受けたのは、 「見逃してしまう 歓びの種を」という歌詞である。

この一文で、すべてが物語られているような気がする。

わたしたちが見逃してしまっているのは、そういう、幸せの元の部分である。

「見逃してしまう」ということばのせつなさは、もはや痛いくらいに胸に差し迫ってくる。

しかし、彼女は、その続きに、なんともいえないほど温かな言葉を投げかけてくる。

その一文は、すべてのニヒリズムも、耐え難い悲しみも、続く痛みも、感じてきた絶望も、すべてを包んでしまう。

YUKIという人間の強さを、なによりも暖かく感じる、最高の一文である。


YUKIは、まるで母のような優しさで、こう唄う。彼女から溢れるエネルギーを、こんなにもくるおしく温かな一文に添えて。


「暖かい大地で 育てましょう」