府中・京王線沿線の家庭教師、戸田朝海です。
今日は良いお天気で嬉しいな~(^^♪
連休、どこかにお出かけの方もいるでしょうから
快晴は嬉しいですよね。
さて、先日「子どもを尊重する」
という話をしましたら
タイムリーにも
ネット上で「尊重」に関する話題で
一悶着あった現場を目撃しました。
その場面は「子ども」のこと
ではなかったのですけれど
ある特定の人たちに対して
「尊重」すべきだ
いや「尊重」なんてしたくない
という言い争いがありました。
その中で「尊重したくない派」の意見を
見ていてふと感じたのは
ひょっとしたら「尊重」という言葉に
誤解があるかもしれない
ということです。
その「尊重したくない派」の方の
意見はこうです。
「その人たちを尊重なんかしたら
自分たちの権利が奪われる。だから嫌だ」
なるほどー、と。
ひょっとしたらこれ
「尊重」という言葉に違和感を覚える
他の人たちにも共通の感覚かもしれません。
まず、これは誤解なんですが
「尊重」というのは
「相手を優先して自分は後回しにする」
という意味ではありません。
先日は「尊重」と「尊敬」を
間違えていませんか? と書きましたが
ちょっとそれに似た思い違いかも
しれません。
「尊」という字がいけないのかな?
相手を「尊重」するというのは
「相手を自分より大事にする」とか
「自分を犠牲にしなければいけない」とか
「自分の持っている権利を相手に渡す」とか
そういうことじゃないんですよー。
自分のこともちゃんと大事にしていいんです!
自分の権利を相手にあげなくていいです。
ただ、自分が持っている権利や尊厳を
相手にも(「も」です)認めましょうよ
ということ。
自分が大事にされているように
相手も大事にしましょう。
自分に認められていることを
相手にも認めましょう。
自分がやっていることを
相手にも許可しましょう。
そういうこと。
これなら別に、相手を「尊重」したからって
自分は何も嫌なことありませんよね?
自分の持っているものは何も減らないし
犠牲にする必要もありません。
ただし
ちょっと極端な例を出しますが
昔、アメリカで黒人差別が行われていた頃
当時の白人には
電車やバスで黒人が座っていたら
その黒人を立たせて自分がそこに座ってもいい
という「権利」がありました。
そうしたら
後に差別をなくして
黒人を尊重するようにしたら
以前は認められていた
「黒人をどかして座ってもいい」
という「権利」はなくなるじゃないか!
と、考える人もいたと思います。
これはある意味
「誰かを尊重することによって
自分たちの権利がなくなる」
というふうに
一見、考えられるかもしれません。
でもねー
これは違います。
何故なら
元々認められていた白人の権利
というのは
黒人が持っていたはずの権利を
奪ったものだからです。
電車やバスに座る権利は
誰にだってあったはず。
でもそれを白人が
「不当に」奪っていただけ
なんですよね。
ですから、この場合は
元々相手にあった権利を「返した」
だけであって
自分の権利を譲り渡したのとは
ちょっと違いますよね。
このように
「相手を尊重することによって
自分の権利が奪われる」
と感じられるのであれば
それは元々相手が持っていた権利を
自分側が奪っていただけかもしれない。
そういう視点を持ってみると
いいかもしれませんよ。
本来
権利は誰でも持っているもので
「尊重」というのは
お互いにし合うことが可能な
はずですから。
戸田朝海でした~(^-^)/
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