私が赤ちゃんの頃はいるかいないかわからないくらいおとなしい子だったそうです。


赤ちゃんも自分の存在をアピールするため、家族の一員になるために、本能的に泣くそうですが、私はほとんど泣かなかった。発達障害のお子さんも、そういう子多いみたいです。

実際にうちの上の子、そうでしたから。



私とは逆に、兄は自分の存在をアピールしまくる子でした。

多動という言葉で片づけていいのかと思うほどの動き

そして、1歳代で漢字に興味を持ち、日めくりが昨日の日付になっていると怒る、新聞を逆さまに読んでると怒る・・・。



私より兄の方が天才脳な気配でした。

天才と思うより、化け物かと思ったらしいです。

これも自閉症の特性ですね。

母は兄を溺愛しました。



祖母は当時の兄のことを、記憶力はすごいが、意志疎通のできない

動きすぎで言うことを聞けない、へんてこな子と言っていました。





そして、私と母と性格が合いませんでした。

私は母の一番になりたかった。

でも、うまく甘えられません。

意地っ張りで泣き虫で・・・でも本当は自分のことを可愛がってほしい。

それを見抜いてほしかったですが

母にはそんな余裕はなかったんです。



私が2歳、兄が3歳の頃

兄は記憶力のすごさより、問題行動が目立つ子になったので、

地域の総合病院に診せました。

兄が自閉症だと診断されました。



「お兄ちゃんが自閉症なのは、親御さんの愛情不足です。

3年かけで自閉症にしてしまったんだから、

倍以上の年月を掛けて、普通に戻しましょう。」



30年弱くらい前はこんな事が医師の口から平気で言われていたのです。

自閉の知識がないのなら、診断なんてしないでもらいたい。

その言葉がどんなに親を傷つけるか・・・。



また、その当時の母は祖父の介護、寝る間を惜しんで仕事をやり、兄に愛情が足りないと言われたら、その通りでした。兄よりももっと愛情が足りない私のことは、二の次、三の次・・・。

また、父と母の関係は、父のわがままを母が聞き続けることで、なんとか繋がっていました。

当然のように父も母を責めました。

「お前のせいでお兄ちゃんは自閉症になったんだぞ」



母は自分を責めたまま、年月が過ぎ

私と兄は小学生になりました。