半生記、思い出しつつ書きます。
私が生まれたのは、本当に田舎の産院でした。
私が母のおなかに宿ったときから、父と母は仲が悪く、父はすぐに仕事を辞め、ギャンブルをし、母に八つ当たりする、絵に描いたような不幸な家庭でした。
母方の祖父が脳内出血して、右半身不随になり、母は身重な体と、生後半年の兄を抱え、介護を手伝う日々。
私ではきっと耐えられない。
そんな状態ですので、母も当然離婚を考えていたようですし、離婚をするなら私を産んではいけないと思ったようです。
そんな時、ある高名な易者と母が出会い、自分の行く末を聞きました。
「この子を産んで、父親と離婚しない方がいいか、あきらめてでも分かれた方がいいか?」と。
易者は出産予定日と母の生年月日を聞き
「この子は女の子です。
そしてこの子は産まれてこなきゃいけない子です。どんな苦労をしても産んでください。
この子は学年星を持って産まれてきます。
頭がいい、あなたを助けてくれる子になるでしょう。
ですが、父親は、本当に仕事運がない人間です。
こんなに仕事運の悪い人を見たことがない
家の運勢は、この父親の運勢と同じですから、この先は暗いです。
離婚をするかはあなたが決めるべきことです。」
母はその言葉で私産むことに決めました。
こうして、mokoは産まれてきたのです。
それと同時に、結婚生活も続けることにしました。
易者の言ったとおり、おなかの子は女の子でした。
そして、父親のことも当たっていました。
ですが、私は母の思い通りにならない子に育つのです。