日経新聞は、もともと「内外物価新報」として1876年に創刊
されました。
130年以上の歴史があるんですね。
商品価格の情報紙という立ち位置が原点にあるわけです。
価格情報が社会に与える影響、あるいは社会生活が
価格に与える影響を論理的に説明しようとする学問が
いわゆる「ミクロ経済学」です。
ミクロ経済学は、個々の取引の背景を探り、
その裏にある原理を説明するためにある、とわたしは
解釈しています。
そして、それら個々の取引が積み重なって、
一国ないしある地域集団の取引総量となったときに、
その取引総量と人々の暮らしの豊かさの関係を
明らかにするために「マクロ経済学」があるのだと
思います。
「合成の誤謬」という言葉があります。
「個々の単純合計が、かならずしもトータルの結果と
一致しないんだよ」とか、
「個々が自分にとって最善と思われる行動をとっても、
それが全体の満足度を上げるとは限らないよ」
という意味です。
卑近な例で申し上げますと、ディズニーランドの
パレードと観衆の関係を上げることができます。
パレードを見ようとして沿道に人が集まります。
一列目の人は、何の苦労もなくパレードを見れますが、
二列目、三列目ともなると、前の人の頭がじゃまで
見れなくなる確率が高まります。
そこで、二列目以降の人がつま先立ちを始めます。
三列目以降の人もつま先立ちをはじめます。
個々の人たちは、「自分がつま先で立てば、
より見えるようになるだろう」と部分最適行動を
とっても、みんながそれをやってしまったら、
結局、見れるのは一部の人だけで、つま先立ちに
よる体力のロスとストレスで、かえって観衆全体の
パレードに対する効用が低くなってしまって、
「もう行きたくないや」という状態を引き起こしかね
ませんね~、というやや妄想含みのストーリーが
思い当たるわけです。
〇つま先で立てば、自分の目線は上がる…ミクロの視点
〇みんなつま先で立てば、全体の満足度は下がる…マクロの視点
う~ん、書きながら、みんながつま先で立った状態の社会的効用の
説明も、ミクロの守備範囲で行けるかなあ、
なんて思いながら、強引に次の話に行かせてください。
ともあれ、マクロは「一国の経済」のように、広くわたしたちが
所属しているところで起こる「生活の豊かさ」に関しての
データ集を提供してくれます。
代表的なところとしては、
〇失業率
〇物価水準
〇国内総生産(GDP)
がもっとも注目される豊かさのものさしといえるでしょう。
さらに、これらの派生的かつ個別具体的な説明指標として、
その他の雇用データや個別商品の価格データ・為替・株価
などがあり、企業の経常利益の統計や国民所得や消費額に
関する数値があったりするわけですね。
こういった一国レベルの経済データの読み方を教えて
くれるのがマクロ経済学の基本です。
さらに、経済活動を個々の企業単位で貨幣表示したのが
会計情報です。
こういったマクロ経済データと会計情報の収集・整理能力を
比較すると、日本経済新聞社は他をしのぐ経営資源の宝庫
といえるのですね。
毎月4000円あまりの投資で日本全体の大きな流れを
読む重要データが手に入るのですから、立場によっては
とても重宝する情報源です、やっぱり。
それには、政治面を除いて考えると、
マクロ経済と簿記会計に関する一定水準の基礎知識は
備えておいた方が、日経新聞を読むためのインフラと
して安心です。
漫画でも「〇〇でもわかる」でも結構ですので、
時間のあるときにマクロ経済と簿記会計の入門書、
最低1冊ずつは読破しておきたいところです。
柴山政行