5時間4分。意外だな、こんなにやってたのか。今日は仕事が休みで、家から出たのは夜ピアノに行っただけ。あとはずっと部屋で英語やったりTwitter見たりしていた。

この勉強時間のほとんどが『シリウスジュニア』。『山口英文法』を終えて今日から始めたのだ。見た事のある例文もときおり顔を出し、即答できる問題もあるが、解けないものは全く解けない。問題の内容も世評通りとても良い。間違えやすい用例のものが上手く集められている感じがする。今の自分にぴったりの問題集で、買って大正解だった。これは使えそうだ。今までそれなりに文法をやってきているから、解答の説明を読むだけでも理解出来るくらいにまでなっているし、それでも分からない部分(今の所はないけれど)が出て来たら文法書で調べて進めることが出来る。もう少し早く始めていても難し過ぎただろうし、本当にちょうど良い時期に始められて、やっていてすごく嬉しい。

解けない問題も沢山出てくるけれど、「こんなのも解けなくて今まで何やってたんだ」とは思わず、「分からなかったけど解説読んで理解出来た。あとはこれを何度も繰り返して自分の知識にしよう」と思いながら進めている。取り敢えず一通り最後まで終えたいので、復習はまだせずに今日はひたすら進めた。全18章あるうちの4章まで終えた。明日以降もどんどん進める。さらっと今日の復習もするかも知れないけど、一周して全体像を掴みたい。

問題は全て穴埋め方式。進め方としては、問題を読んで少し考えて(大抵解けないので)すぐに訳文と解答を見て、解説も読む。そのあと音読してから目をそらして暗唱。この繰り返し。なかなか頭に入らないものは手で書こうとも思うけれど、一周目はまだそこまでやらない。とにかく一旦終えてからだ。

それから『スラスラ』の復習をした。コンビネーショントレーニングの前半部分。だいぶ文が出て来るようになった。そのさらに後半に進むのは、これをもう数回繰り返してからが良さそうだ。文法問題集と瞬間英作文の同時進行が理想的だと思っていたので、これからはとても上手く進めていけそうだ。
2時間40分。休みなのにこれだけなのは、ジムへ行ったのと本を読んでいたのと、もう一つの文を書いていたからだ。文章書くのに時間をかけ過ぎた。というか、そもそも読んだ本について短時間でまとめて書くなんて出来るのだろうか。書評を書いている人って、どうやって進めているんだろう。途中でメモを取ったり付箋を貼ったりしながら読み進めるのだろうか。そこが知りたい。書いた文にも完全に満足しているわけでもないし、他にも読んだ本で書きたいものはあるのだが、時間がかかるのでなかなか始められない。もっと短く、要点だけを書けばいいのだろうが。あとは数をこなして慣れるのみだろうか。欧米だかの書評では、しばしば実際の本よりも詳しく書かれているものがあると聞いた事があるが、それもまた文化なのだろう。

本日の勉強内容は、ただひたすら『山口英文法』。結局下巻を終えることは出来なかったけれど、かなり進んだ。この本は、「比較」の説明がとてもいい。not more than, no more than, not less than, no less than のそれぞれの違いがまだ今ひとつ即答出来ずにいるのだが、この本の説明を何度も読んで会得したい。「比較」の説明がいいというと、だいぶ前にやった『今井の英文法』今井宏 代々木ライブラリーもよかった。比較はPart2の方だったかな。そのうち復習でざっと見直してもいいかも知れない。

このように、自分の英語学習は恥ずかしくなるほど何度も途中で三日坊主と挫折を繰り返しできたので、今回こそは継続させたいのです。当時、「そのうちやるだろう」と購入した『速読英単語 上級編』なども買ったきり手付かずで本棚に並んでいる有様。幸い、このブログを始めてからは勉強が続いているのでこれをこのまま維持したい。むしろ、もっと勉強の質も量も向上させたい。以前は、いたずらにネットなどで勉強法を追いかけ過ぎていた感がある。今もそういう情報を見ない事はないが、かなりそれにかける時間が減り、普通に勉強を進めることが出来ている。(最近、少し教材を買い過ぎた気もしないでもないが。)

定期的にこのブログを見ていただいている方もおられるので、自分が向上して行くところを書けたらいいなと思っています。
『二十歳の君へ』を読み終えた。速読ではないが、さらさらと読み進めるように努めてみた。前半は学生が各著名人の元へインタビューしに行った記事で、後半は立花隆の講義を載せたもの。これがちょうど半々で出来ている。

前にも書いたが、この本の前作が十年程前に出版され、ちょうど自分も大学生で読んでいたのだが、その時と比べるとインタビューした人数も少なく、かなりボリュームが薄くなったと感じた。前作では著名人も多かったが、中にはバーデンダーや自分の両親へインタビューしたものなどもあり面白かったのだが、今作ではほぼ全員が私でも知っている著名人。そもそもこの本の題名が表している通り、若者へ向けたメッセージを載せた本なので当たり前だが、インタビューでの内容もこの先の人生をどう生きるかとか、若い頃の鬱屈や葛藤などについての記述が多い。それを、この三十路すぎの私が読んでもどうもピンとくる筈もなく、あまり関心が湧かなかった。そのため、最初に書いたように読み飛ばしこそしないけれど、ページをめくるのが自然と速まったのだ。自分がこの本を手に取った主な理由も、この著名人へのインタビューではなく後半の立花隆の講義部分だったので、さっさと読み終えてしまえという位にしか考えていなかった。

そんな中でも関心を惹かれたのは、 池上高志 という複雑系の科学社と宮台真司の部分。自分も複雑系とかアフォーダンス(阿呆ダンスではないですよ!)に興味があったので、そういったことに触れていた所は面白かった。宮台真司は、インタビューでなく他の文章でもそうなのだが、圧倒的な知識量により、自分の知らない言葉や概念がぽんぽんと出て来るので、その一つ一つに「これどういう意味なんだろう」と引っ掛かり、背景知識への関心が高まるのでこちらの知識欲を煽られるのがよい。これは、立花隆の講義の文章でも同様。『邪宗門』読もう。

そしてその後半の講義録。下段には学生が付けた脚注があるのだが、こういうのをよく見るが、わかったようなわからないような説明文が多い。(まあそれは、自分の知識や理解力の不足によるものもあるだろうから一概に悪いとは言えないけれど。)これもそう。脱字も見つけてしまったし。「ノーベル賞」や「週刊文春」という単語にまで脚注が付いているのはいかがなものか。書いた本人が理解しているのかどうかも、ちょっとわからないようなものもあり、百科事典からの孫引きでないことを祈る。終わりに載っている学生の文章も、何が言いたいのかよくわからず、青っちろさが全面に出ていて、「これ、必要なのかな」と思った(失礼!)。前作では、携わった学生の”感想文”は数行だったのに対して、今回は見開き2ページを学生一人ずつに与えている。こうした感想を持ったのは、私が三十過ぎのジジイだからなのか、東大には程遠い知性の劣った大学しか出ていないからなのか。

また、何か問題にぶつかった時の対処法にちょっと反応した。その問題がものすごくいい問題でとことん考える価値のあるものなのか、それともものすごく馬鹿げた問題に自分の頭がとらわれていて、考える価値がないのに頭がなぜか迷妄から脱せないのかをまず峻別する必要がある。そして、価値のある問題であったとき、それは言語の限界にぶつかっている場合がある。その場合、言語の微調整をする必要があるという。『日本語シソーラス』などの辞書を使い、自分の言語能力の限りを尽くしてその問題に別の言語表現を与えてみるといいという。さらに、数学の方法を用いることなども有用という。

問題にあたったときに、言語表現の調節によって解決に至るというのは、ちょっと新しく聞こえた。誰が言ったのだったか、「哲学の問題のほとんど全ては、解決しないのではなく、問題の設定の仕方が悪いのだ」と聞いたことがある。つまり、質問に対して答えが出ないというよりも、その質問自体が悪いので、答えが出ない、というのだ。ちゃんと答えて欲しかったら、きちんとした質問をしろよ、ということだ。これは、以前読んだ『言葉が足りないとサルになる』にも同様の文章があった。TVのインタビュアーの質問の稚拙さについて書かれていたが、それを思い出した。

ちょっと意外だったのは、立花隆が随分と前から電子書籍に関心を寄せていたということだ。過去の著作の電子化も積極的に進めたいとのこと。そうなれば『サル学の現在』でも読もう。文庫版もあったと思うが、最初はかなり分厚い大著だったから。

「すぐに紙の書籍と電子書籍を比べたがるけれど、そもそも大昔は、『紙に書く』という発想さえなかった」「日本でいえば『古事記』の前の太安万侶の時代とか、文学は口頭伝承から始まっている」「技術が文化を変えて行く、ということは過去に何度も起きているし、これから何度も起きると思います」「例えば電子書籍でありながら紙の手触りを感じさせるものが出る可能性だってあります。感触なんて。、手の表皮のセンサーが受けた情報を脳が感じているだけですから、その刺激を人工的に脳に与える仕掛けができればいいわけです。」

歴史、哲学、科学、文学…と話は止めどない。自分のもっとどんどん読まないといけないと感じる。大学の終わり頃だったか、デカルトの『方法序説』を読んで、目が開ける思いのしたことがある。もちろん、哲学専攻でもなんでもないので普通に読んだだけなのだが、それでも強烈な読書体験だった。ヴァレリーの言うところの「ジェノバの夜」ということか。これからも、そんなビビビっとくる本を求めて書籍探訪をしていきたい。『金枝篇』も『荒地』も読んでないし。

ちなみに「サタデーナイト・パルシー」とは、自分の腕を枕にして誰かを寝かせた時に、翌朝起きると腕がしびれて動かなくなるという、羨ましい症状のことです。何故こんな言葉が出て来るのかは、本書を読むと明らかになります。
28分。今日は仕事だった。帰宅後に少し『山口英文法』を進めたのみ。夜は一週間ぶりにジムへ行き筋トレ。一時間近く筋トレとウォーキングをして帰ってきた。

明日以降は、速攻で『山口英文法』を終えて『シリウスジュニア』に入りたい。それと並行して瞬間英作文の復習だな。最近、ブログの記事が短いけれど、今日も短いです。また明日。
1時間33分。『山口英文法』の下にかかる。31課~35課。例文も、もう知っているものや構造を理解できているものは手書きせずに、音読・黙読のみで通過。なかなかすんなりと頭に入ってこない文のみを手で書いた。分かっている所は説明文も読み飛ばして進めている。時間は無限にあるわけじゃないので、濃淡をつけて「やらない事」を決めていかないと、膨大な量の作業をしないとならなくなる。自分などはもう既に、計り知れない程の時間を無為に過ごしてきた訳だが、気をつけよう。「やる事」を決めるのより「やらない事」を決めて守る方が大変、と聞いた事があるがまさにその通り。無数にある教材に次から次へと手を出していってもキリがない。(そう言いながらも結構買ってますけど!今日も数冊発注…)

と、ここで、使っている『山口英文法』の奥付を見て驚いた。十年近く前に改訂新版が出るまでに何と数百回も版を重ねている。上巻が417刷、下巻は356刷。そんなに売れていた本だとは知らなかった。数ある受験用の英文法教材でここまで版を重ねているものもそうはないのではないだろうか。

そのあと『スラスラ』の復習。前半部分は、印を付けておいたよく間違える例文のみをやって後半の復習へ。これも今日は、瞬間英作文せずに日本文を読んだ後に英文を音読して終えた。見慣れただけかも知れないが、二週間程前の始めたばかりの頃は、英文が全く出て来ないものもあったのに、今では大体出てくる。毎日車の中でCD聴いているせいもあるのか。まだあとさらに30セクション残っているので、この先そこに取り掛かりたい。

『山口英文法』を終えれば、ようやく瞬間英作文をしながら問題集で文法学習、という形に持っていける。