7月24日~27日首席交渉官会合、28日~31日閣僚会合を行ったマウイTPP会合は、日本政府は合意を目指して交渉を行ったが、合意先送りとなった。その経緯と個別の課題について整理を行ってみた。

 会合前、交渉の障害が米議会におけるマレーシアの人身売買問題や為替操作条項などのTPA法修正手続(両院協議会)の遅れがクローズアップされていた。7月27日閣僚会合が始まる直前に、米国務省がその障害を外す人身売買報告書を発表した。カナダの市場アクセスなどの交渉の遅れを米議会や日本政府が指摘していた。

 7月30日に入り、ニュージーランド(以下NZ)の乳製品の要求とバイオ製薬のデータ保護期間の対立が主要な障害になっていると情報が支配的になった。交渉官は徹夜交渉に望んだが、31日正午頃合意見送りになることがぶら下がり取材で判明した。31日16時の共同記者会見で合意見送りを発表した。


 7月29日の政府説明会では、渋谷審議官が日本のメディアだけでも140人と交渉官より多いと紹介していた。米メディアによれば、メディア総勢160人と報道していた。コンドミニアムや豪華なリゾートホテルがほとんどで仕事で行くような場所ではない。TPP会合の会場となったウェスティンは、水着やラフな格好をした本来の客に混じり、IDカードを首にかけた交渉官や報道陣が、場違いのように往来していた。31日には、交渉官は徹夜交渉で疲れ切り、記者達はロビーでひたすら待っていた。合意先送りと聞き、さぞかし徒労感に襲われたと思う。仕事とは全く縁遠いリゾートで太陽にもあたらず海にも入らずひたすら日の光が入らない部屋で仕事をされていた方々には残酷な日々を過ごされたと思う。


 以下課題別に合意先送りになった経緯や残った問題を別けて順次紹介する。

1.人身売買
 国務省は、7月27日人身売買報告書2015年版を公表し、マレーシアをTier3からTier2に引き上げた。
http://www.state.gov/j/tip/rls/tiprpt/

 取りあえず、マウイ会合でのマレーシアの参加について、6月29日に成立したTPA法の規定の障害が取り除かれた。キューバについても引き上げを行った。
 人身売買条項をTPA法に入れたメネンデス上院議員が早速声明を発表。事実をねじ曲げ政治的な報告を出したことを非難。あらゆる手段を使い、この引き上げについての問題を解明したいと声明。
メネンデス上院議員HP 7月27日

http://www.menendez.senate.gov/news-and-events/press/sen-menendez-on-human-trafficking-report-politicization_ _

WSJ記事 7月28日
米、人身売買や同性愛問題がTPP承認の障害に
By WILLIAM MAULDIN
2015 年 7 月 28 日 17:45 JST
 環太平洋経済連携協定(TPP)で今週中の最終決着を目指す米オバマ政権は、貿易とほとんど関係のない人身売買や同性愛禁止法といった問題で強い抵抗に直面している。
 ハワイで28日から始まるTPP参加12カ国の閣僚会合で、米国の通商担当者らは乳製品の関税や薬価規制などで一連の技術障害を取り除くことを期待している。
 ただ、米ワシントンでTPP条約案の最終承認を議会から勝ち取る際の最大の課題は、マレーシアの人身売買やブルネイのイスラム法、環境保護基準の不備、さらにはTPPが米国の主権を侵害するとの懸念にいたるまでのさまざまな主張となる可能性がある。
 こうした経済以外の懸念が、民主・共和両党の間でオバマ大統領の貿易政策に対する議会の反対の声を増幅させてきた。両党ともに、TPP合意が米国の国益にかなうと確信していないのだ。
 米国務省は27日、世界の人身売買の実態をまとめた年次報告書でマレーシアの格付けを最低ランクから引き上げた。議会で6月に可決されたTPP交渉妥結に向けた貿易促進権限(TPA、通称ファストトラック)法案には、同報告書で最低ランクに分類される国との通商協定を禁じる条項が盛り込まれており、国務省の決定はマレーシアをTPP合意に参加させるための措置だという新たな批判が渦巻いた。
 米国によるマレーシアの格付け引き上げは予想されていたことだが、人権活動家らの怒りを買った。今春、マレーシアとタイの警察が、人身売買が行われていたキャンプで死亡したとされる150人近くの遺体を発見したばかりだったからだ。
 マレーシアの隣国で、同じくTPP交渉に参加しているブルネイでは昨年、国王がイスラム法に基づく処罰を厳格化し始めた。これは宗教上の少数派に加え、レズビアンやゲイといった同性愛者に影響を与える可能性があるとして批判の対象になっている。
 スティーブ・ラッセル下院議員(共和、オクラホマ州)はインタビューで、「イスラム法は西洋民主主義で私たちが大切にしている制度と相いれない」と述べ、「米国の通商にとって人権の記録が重要でなくなるとしたら、それは米国が行き先を見失う日だ」と警告した。
 ホワイトハウスは、マレーシアとブルネイをTPPに加えることで両国に関与し、法制度の変更を促す別の道が開けると説明している。
http://jp.wsj.com/articles/SB10412567118926353716304581135723045070228


ロイター解説 8月5日
焦点:弱められた米人身売買報告書、TPPや国交回復が影響か
http://jp.reuters.com/article/2015/08/05/special-report-us-trafficking-idJPKCN0QA0K820150805?sp=true

 この人身売買問題は、今後、議会の公聴会で国務省が追及され、「両院協議会」の法案統一作業に大きな影響を与えると予想される。


2.為替操作
 「TPA法第102条 (a)交渉の目的」に規定された為替操作条項(下記)は、通商交渉相手国との合意形成を求めている。これに対し税関授権法の上院版に挿入された相殺関税の制裁を規定したシューマー修正案と下院版の制裁緩和修正案があり、統一的な法案を成立させる必要がある。その統一作業を行うのが「両院協議会」であるが、下院が7月30日より休会に入り、マウイTPP会合に間に合わなく、夏休み明けの9月8日以降の審議になる。

7月29日 下院歳入委員会ライアン委員長声明
http://waysandmeans.house.gov/house-senate-make-significant-progress-on-customs-trade-enforcement-legislation/


 マウイ島TPP会合で、米国がTPP交渉と切り離して協議会をつくる提案を行い、その仕組みを米財務省が作ろうとしている。その法規は、TPA法の下記条項で、「ルールつくり」を目指していると考えられる。しかし、麻生大臣の発言でこの話が消滅したようだ。


「TPA第102条(a)交渉の目的」に記述されている為替条項
(11)協力的メカニズムや、強制力を持つルール、報告、監視、透明性または
その他の適当な手段を用いて為替レートの操作を避けること。
(12)強制力のあるルール、透明性、報告、調査、協力的メカニズムまたはそ
の他手段を用いて、(中略)説明責任を確立する。  


ロイター7月29日
TPP参加国、為替操作めぐる閣僚フォーラム設置検討
http://jp.reuters.com/article/2015/07/29/au-tpp-frx-idJPKCN0Q30VJ20150729

日経7月31日
麻生財務相「TPP、為替交渉する場ではない」
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS31H0F_R30C15A7EAF000/


以下次回以降に投稿予定

3.自動車原産地規則
4.乳製品
5.知的財産
6.国有企業
7.砂糖(米)
8.繊維原産地(米越)
9.日本の市場アクセス
 重要5品目(米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖・でん粉)
 自動車
10.両院協議会(税関授権法の統一法案)
 為替操作条項、移民法改正拒否、環境関連法改正拒否、水産物輸出促進、議会アドバイザー構成員の追加、メネンデス人身売買条項の緩和