梵♂天 -23ページ目

梵♂天

日々の事w





自分の都合の良い方向にしか考えないバカは

現実が見えていない



東京都だって東京市が発展したのだ。

そもそも、中心となる都市があり、

GDPも中心となる都市が高いなら

中心部を大きくする形で発展するのだから。



尚且つ、大阪市は政令指定都市で、府の権限の外にあるのだから

大阪市が大きくなって事実上大阪府の中に大阪市のみと言えるような状態になった場合、

大阪府の権限なんて無くなるわけで、府は有名無実となる。





橋の下は程度が低すぎるよ~






なんでもかんでも

言っていいわけないだろ

これで、代表戦が延びたらどうするんだ?



相変わらず石原バカだよ

いい加減

もう少し

賢くなれ




橋の下は

熱中症患者

死者にどう賠償するのか

明言してから、府民を納得させてから

エアコン切ってくださいと

お願いすべきだ。



こんなに浅薄だとは思いもしなかった

大阪府民じゃなくてよかった






進むのは当然

進み方の問題を問われてるんだろうが



拉致容疑者に金だすより、義援金に金だせ!!




何度も逮捕され、裁判で有罪確定した様な政治活動家

尚且つ、らち容疑者の息子に、政治資金を出す。



血税で民主党に払われた分から出したというのだ。

外国で反日デモに参加した岡崎トミ子

菅直人が国家公安委員長に指名した。



原発のストレステストに関する政府統一見解というものにしたって

政府統一見解と名乗ってはいるけれども、

法律に基づく閣議決定したわけでもなく、

閣議さえ通らないものを政府統一見解と強弁するマヤカシ



戦前なら明らかにテロが起きている異常な内閣




理化学研究所 研究顧問 和田 昭允 氏
(掲載日:2011年4月22日)






今回の東日本大震災でよく使われる“想定外”- 例えば10メートルの津波は想定外だった - について考えてみたい。

サイエンスは“想定外”を追い求める。一方、エンジニアリングはモノ造りに当たって、費用・効果のバランスから、境界条件-例えば台風や津波など自然の猛威のレベル - を“想定”しなければならない。

でも外れたときの、言い逃れのニュアンスを持った「想定外だったから」はやめてほしい。「想定が甘かった」と過ちを認め、謝らなければならない。

この思いは多くの方々が共有しておられるようで、事実、建設関連のいくつかの学会が「“想定外”という言葉を使うとき、専門家としての言い訳や弁解であってはならない」との声明を発している。

しかしここで「責任は当事者だけ」としたら大きく間違う。サイエンスとエンジニアリング全体の共同責任だ、と私は以下のように考える。

エンジニアリングの歴史は、技術が“想定外”の大小さまざまな出来事に学びながら進歩してきたことを雄弁に語っている。「“想定外”はあり得ない」とする発想は、技術の本質に疎い、あるいは人間のおごりである。科学も技術も、森羅万象に対峙(たいじ)して誠に未熟・幼稚であることを、一般市民の方々や若い学生諸君に知っていただきたい。

アイザック・ニュートンの『私は自らが世間の目にどう映じているかを知らない。けれども私自身としては、時々、普通より滑らかな石や美しい貝を見つけて楽しんでいる子供にすぎないように思われる。しかも、真理の大洋は、全く発見されずに私の眼前に横たわっている』は、智の巨人はおしなべて謙虚である好例として、私がよく引用する言葉だ。

今後世界人類、特にわが日本の健全な繁栄の基盤は、科学技術をおいて他にありえない。その科学技術はこれまで多くの人命の犠牲に学び、先人たちはその悲しみを乗り越えて今日を築いてきた。しかし、いまだ道半ばなのである。ここでわれわれが降参してしまったら、それは祖先の努力に対する裏切り以外の何物でもない。

私は前向きに考える - 天が『この国家的試練に耐え学んだ日本人こそ、科学技術の世界的リーダーになれるだろう』と考え、試しているのだと。

近代になってから日本は、明治維新と昭和敗戦の二度の国難を、国民の高い教育レベルと優れた科学技術で乗り越えてきた。そして今度は三度目の正念場だ。

今日人類が、今や世界にまん延してしまった「エネルギー・物質重視」価値観から脱して「精神重視」価値観にかじを切り直すことは必要(注)だが、もはや原始時代に戻ることは誰も望んでいない。

従って安全で再生可能なエネルギーは、高い精神性とともに人類社会にとって不可欠である。しかし、新エネルギー源の迅速な開発 - 「科学技術日本」が負けてはならない世界競争 - を担保するためのエネルギーは、当分は原子力も含めて、現在のエネルギー源を高度の安全性を確保しながら使わざるを得ないのは自明だ。人類の将来にわたって不可欠な、安全・安心エネルギーの確保にこそ、今回の教訓を学んだ日本の出番がある。

「最先進国日本」が、冷静かつ現実的な現状認識に立って頑張ることこそ、いま必要なのだ。それが今回犠牲になられた方々への最大のご供養であり、被災された皆さんへの励まし、そして、子孫の安寧・幸福に対するわれわれの責任である、と信ずる。
http://scienceportal.jp/HotTopics/opinion/187.html



その通りです。そして、原発はエンジニアリング。
原子力研究はサイエンス。
想定外とはなにかきちんと理解できないで、想定外はけしからんとか
そんな事を言う人がいるけど、サイエンスとエンジニアリングの違いを
きちんと理解して欲しい。
そして堪えがたきを堪え忍び、先進国日本を前に進ませなければならない。
日本学術会議 副会長、東京大学 名誉教授 唐木 英明 氏
(掲載日:2011年7月11日)






福島第一原子力発電所の水素爆発によって、多量の放射性物質が大気中に放出された。福島県だけでなく、周辺の各地の計測値を見ても3月15-20日に高い放射線量が観測されている。しかし、放射線量はその後急速に低下して、東京周辺は自然放射能レベルに下がっている。一方、福島県や茨城県北部にはまだ高いところがある。

事故の直後の17日、厚生労働省は食品中の放射線量の暫定規制値を定め、その後、この基準値を超える食品や飲料水が見つかって大きな不安を呼んだ。しかし、食品中の放射線量も時間を追うとともに少なくなってきた。現在もなお規制値を超えたものが少数報告されているが、大多数の食品に汚染はない。また、基準を超えた食品は出荷されていないので、現在流通している食品は安全である。

こうして、原発に近い場所以外では事故直後の緊急事態は終わり、正常な状況に向かいつつある。しかし、原発に近い地域では、いまだに放射能汚染との戦いが続いている。そこで問題になっているのが、どの程度の放射線量ならどのくらい危険なのかという深刻な疑問だ。

広島、長崎、その他の経験から、100ミリシーベルト以上の放射線を浴びると、発がんのリスクが増加することが分かっている。国立がん研究センターの発表によれば、100から200ミリシーベルトの放射線のリスクは、野菜不足、あるいは受動喫煙でがんになるリスクとほとんど変わらない。200から500ミリシーベルトのリスクは、太り過ぎ、やせ過ぎ、運動不足、あるいは塩分のとり過ぎのリスクとほぼ同じ。500から1,000ミリシーベルトのリスクは、大量に酒を飲むリスクとあまり変わらず、1,000から2,000ミリシーベルトになると、たばこを吸い、かつ大量にお酒を飲む人のリスクに相当する。

100ミリシーベルト以下でもリスクはないわけではない。受動喫煙よりも小さいが、リスクはある。そのようなリスクをどのように判断するのかは、個人の選択の範囲だが、政府は20ミリシーベルトをひとつの限界にしている。

チェルノブイリで子どもの甲状腺がんが増えたのは、放射性ヨウ素で汚染した牛乳を飲み続けたためだ。日本の場合は、事故が起こった日から避難を始め、さらに、食品の暫定基準を5ミリシーベルトという値で厳しく規制もしている。子どもも大人も放射性物質で汚染された食品で内部被ばくを受ける可能性は、チェルノブイリに比べると極めて小さい。

明治時代の物理学者、寺田寅彦が昭和10年の随筆の中で書いている話だが、寅彦が軽井沢に行ったときに、浅間山が爆発した。すると爆発しているにもかかわらず、登っていった人と、あわてて下りてきた人がいたという話を紹介して、「物を怖がらなさ過ぎたり、怖がり過ぎたりするのはやさしいが、正当に怖がることはなかなか難しい」と書いている。放射線についてもまさにそのとおりで、放射線があったら怖い、ということではなく、どのぐらいの量ならどのくらい怖いのかを知ることが大事だといえる。


http://scienceportal.jp/HotTopics/opinion/197.html

ちなみに、3合の飲酒で2000mシーベルト相当だそうです。




ストレステストなんて、定期検査で行ってるんだから

定期検査パスしてる時点でOKとしないでどうするのか?



とってつけたように思いつきで口にして

あきれ果ててる


昨日は、94%まで使われてしまったそうです。
東電以上の逼迫度合いです。

このまま原発が定期検査に入り、
定期検査済みの原発が稼働できないと、
関西地方は確実に大規模停電になりそうです。

橋の下はどうするのか興味津々