さて、今回は 横浜外国人墓地 で行ったフィールドワークについて、お話ししたいと思います雷

 

横浜外国人墓地は、横浜市中区山手にあります。

 

1853年、ペリー提督率いるアメリカ海軍が浦賀に上陸し、日本に開国を要求したという歴史は小学校の授業でも、聞いたことがあると思います。実はその際、艦船ミシシッピ号の乗組員1人が墜死してしまったのです。ペリーは江戸幕府に対し、この水兵の埋葬地とアメリカ人用の墓地を要求しました。幕府は横浜村にあった増徳院に境内の一部を提供することにしました。これが横浜山手の外国人墓地の始まりとなります。

 

その後、1870年からは横浜外国人墓地は地方自治体や国の管理下ではなく、公益財団法人の手によって維持・管理されています。

(横浜外国人墓地 Official Site : 

http://www.yfgc-japan.com/index.html

 

 

実際に訪れてみると、横浜外国人墓地は関係者以外立入禁止となっていました…

3月~12月の土・日・祝日は入苑可能なようです。

ただし入苑するためには、墓地維持のための募金をするという条件があります。

 

~前回の記事で挙げたポイント~

「歴史」を後世に伝承するための、学習教材的側面が強いのか。

墓地を入って右側に資料館があり、無料開放されていたため中に入ることができました。資料館の中には墓地の始まりやその歴史を紹介するパネルがあり、学習教材的要素を感じました。

 

そのスポットを「負の遺産」であるとみなさない場合もあるのか。

ここには著名人の墓はほとんどなく、また立ち入りも制限されるため、観光客というよりは、家族の墓参り目的で訪れる人が多いように感じました。そもそも「遺産」といえるスポットではないのかもしれません。

 
観光収入を目的として観光地化されたスポットであるか。
この墓地は、上にも挙げたように公益財団法人によって運営されています。5600坪もの広大な土地を維持・管理するためには多額の資金が必要になります。募金をすることで墓地を公開するシステムは、利益目的というより維持・管理費を確保するためのやむを得ない手段だと考えられます。