どーも、けいとりんです。

 

またまた前回から間が空きましたが、これが通常運転ですニヤリ

 

えーー、もう前回のブログの内容とか、最近の診療状況などは覚えていませんてへぺろ

そんなに変化もなかったので、報告も特にないです…

 

ただ、7月からランマーク始まりました。ランマークは骨粗鬆症や骨転移の症状に使われる薬です。骨にカルシウムを集

めて強度を維持する効果があるとかないとか…

一番のデメリットは顎骨壊死と言われる歯の根元である骨が腐るという症状です。

まだその兆候はないですけど、そのデメリットをとってまでランマークする意味あるのかと思っているこの頃です。

 

というのも、前回CTですでに放射線を当てている恥骨に溶けている影があり、自覚症状がないとは言えない状況なので、

ランマーク意味ねえじゃんと感じているのです。

 

あと、コロナ禍において医療というものに不信感が残ったというのもあります。

そもそも癌なんて年齢関係なくその人の寿命だろうと、もちろん寛解するのであれば抗がん剤もやればいいけども、現実

はそんなことほとんどないでしょう?

 

前にも書きましたが、今後の自分の状況を考えると、自分で始末をつけれる内に決断した方がいいのではないかというこ

とです。

今後、骨転移が進行していくことで考えられることは、いつまで仕事ができるのか、仕事中または通勤中に骨折して、

救急車で運ばれてそのまま職場に戻ることはないんだろうなとか、寝たきりになって子供も小さいのに、そんな中で

妻に自分の下の世話させてしまうのかなとか、痛みで思いやりとか理性とか全て失って、家族を疲弊させてしまうの

かなとか、でも骨転移で直接死ぬわけじゃないし、肺転移してるけど、めっちゃ成長遅いし、それが逆に今では仇に

なってるし、それも含め地獄だと思ってる。

 

親が加入していてくれた生命保険が、ありがたいと思っていたけど、今はそれがなければ迷わず歩けるうちに自分で

始末できるのにと思ったり。

 

ただ、今は、受け入れようとも思います。ベッドの上でもがき苦しみながら、すべてぶち壊して、うんこまみれで死ぬ。

 

 

 

 

 

 

いやー、無理だ

 

 

 

だから、俺がどうなるか見ててください。

 

 

どーも、けいとりんDeath魂が抜ける

 

相変わらず、きまぐれ更新です。

 

話は遡りますが、5月26日に検診に行きました。

3回目の放射線後のCTでの診断でしたが、良好とのことです。

 

ただ、いつものごとく検診が近づくとなぜか不調が出てくるんです。

今回は、腰が痛い。椅子から立ち上がる時に痛くてしばらく背を伸ばせないくらい。

それからゆっくり痛みが引いてなんとか歩けるようにはなりますが・・・

 

検診時にその状況を伝えると、骨盤から一つ?上の骨に影響ありそうな影があるとのことでしたが、すぐに放射線が必要というわけではない様子。

でも症状があるなら放射線科で診てもらいましょうか?となりましたが、様子を見ますと答えました。(心の準備できてないのでむり)

 

といことで次回の診察は7月中旬です。

 

 

 

それから腰の痛みは徐々に軽減していき問題なく過ごしておりました。

 

が、事情があり最近ママチャリに乗る機会がありまして・・・

 

乗り出して3日後から、また腰痛昇天

骨転移が関係しているかは分かりませんが、骨転フレンズには言いたい!

チャリだめ!!!!ロードバイクでも、マウンテンバイクでもママチャリでもだめ!

ダメなもんはダメ!

自転車を降りましょう。。。

ちなみに原付は今のとこ大丈夫よにっこり

 

っていうのも、以前ロードバイク的な自転車で通勤したら3日後に、体硬直した経験があるからね。

あーーやっぱチャリだめなんだなと…

 

そーいや、放射線の先生もチャリだめっていってたな笑

 

 

チャリを降りて一週間経たないですけど、痛みはほとんどなくなりました!

 

ただよ、新たに腰の左側だけが異様に痛い!

これは骨転移の痛みかも🦆

放射線あてれない所だったらどうしよう

そう思うとメンタルがぁぁぁぁ

 

 

もう酒飲んで寝るんDeathふとん1

 

お疲れ様です。けいとりんです。


少し間が空きましたが、現状特に良くも悪くも進展はありません。

2月の放射線以来、痛みが出た日もありましたが、最近は穏やかに過ごしております😃


健康第一とはいいますが、まさに

体の調子が良いと心に余裕ができる。少しでも痛みがでるともうダメです....


なので今が最後の穏やかな日々かもと思って生きてます。


話変わって、皆さまCBDはご存じでしょうか?

カンナビジオールのことで、詳細は各々調べていただくこととして...


最近、みどりのわ、という医療推進目的で活動されている方々と繋がり、私自身も利用させて頂いています。


私の目的は癌の縮小ではなく、痛みが出てきた時の痛みの緩和、不安軽減です。

現在は特に痛みがないので、体感がわからないのですが、慣れておくためにも必要かなと思っています。


今回CBDに興味を持ったのは、癌患者で自身で大麻を医療目的で栽培使用していた、山本さんの裁判記事です。


その記事の中で、大麻は末期癌の神経の痛み緩和によく効いた、という部分です。


まさに私の今の一番の不安は、これから襲いかかる痛み、モルヒネも効かない神経を伝う痛みです。


死自体に怖さは感じないけど、そこに至る手前が

本当に怖い。痛みもだけど、今までの関係性も変わってしまいそうで、そもそも余裕もなくなった自分自身が正気を保っていられる自信がない。


本当は自殺したいと本気で思ってます。

ただ、たまたま生命保険に入っていたため、できない。妻と子供2人がいます。まだ幼い。


もちろん、わかってて結婚しました。

でも、やっぱり申し訳ない。子供も可愛いし、申し訳ない。


やはり自分は結婚すべきではなかったのかとも思います。

でもそう考えたらキリがない。

だから、このまま進む、それしかできない。


大丈夫です。しっかりと痛み苦しみながら死にますから。


どうも、けいとりんです。

今週もお疲れ様でしたウインク


休みの前日って言ったらお酒でしょ?


私自身、これまでずっと呑んでます。大学生の頃からかな?

ほとんど毎日呑んでました。社会人になってからも...

癌ってわかってからも...


風邪、治療、入院の時、以外は呑んでます笑い泣き


お酒に強いわけではないですが、呑んでます。


だから癌になったんだろう!って言わないでねウインク


最近は、2週間外来で放射線してたんで、呑まなかったんです。(呑みたいなって言ったら、妻からヤメなさいって言われただけ)


そしたら、治療が終わってからもなんか呑まなくてもいいや、って体になりました。


(今、呑みながら書いてます)😅


でもですよ、思ったんです!

入院中の強制的な禁酒と、外来での自宅の規制なしの禁酒は違うということですチュー


今回は三連休も含んだ週もあり、アル中にはツラかったんです。1週目はツラかった...何度も呑もうと思いました。何度も...

でもその度、妻が咎めてくれました。

入院中であればそれは強制的に呑めないので、気持ちも呑みたいと思わなくなるのです。

でも、治療中でも自由となるとなかなか自勢が効きにくいなと感じました。


そして意外と?なぜかこんなでも、2週目からは呑みたいという気持ちが急に萎みました。


なぜか?

①こんなずっと呑んできたけど、まだ本物のアル中にはなれてなかった。

タバコの中毒性とはまあ違うななどと。


②最近知って使った、CBDの効果かなぁということ。

これはまた試し中なので、実感しだい報告します!これは癌患者に朗報になるのではと思っています。


ちなみに今回は呑みながら書いているので悪しからず口笛












どうも、けいとりんです。


2/7日から通院で行っていた放射線が昨日終了しました口笛

症状としては、歩行時の痛みが無くなり、精神的にも落ち着きを取り戻しています。


どうしても痛みがあると、常に意識の大半が痛みに向かうので、精神が侵されます。

みなさんも同じかと思います。


今回は左右の恥骨に10回30gyでの照射を行いました。

前回、前々回での放射線は入院で行いましたが、今回は外来通院での治療でした。

主治医からは入院でやります、と言われましたが放射線科の先生からは外来でもいいよ、と言われたので外来で!!と即答しましたおねがい

今はコロナで外泊ができないので、入院はつらいです。外来でできて良かったです爆笑


今回の治療のタイミングですが、

そんなに痛みがあったわけではなく、直前の検診で骨転移がCT上、憎悪してたからです。


先生からは放射線をした方がいいと言われたものの、症状がなかったのでまだいいんじゃない?って思ってたのですが...


きっちり数日後に歩行時の痛みがでてきました笑笑い泣き

たぶん心理的なものもある気がしますけどチュー



ちなみに前回、前々回の放射線の話。


1回目.2020/12〜

初めて骨転移の痛みを覚えました。

車に乗る際、右足が上げられませんでした。

痛みをこらえれば上げれるけども、無意識で手で足を持ち上げて乗ってました。

なんというか神経にさわる痛みです。

放射線は1回目から効き目抜群で今のところもCT上は良好です。


2回目.2021/10〜

それまで、ずっと調子が良かったです。たまには自転車で通勤するか口笛ってぐらい良かったです。


その3日後、退社しようと椅子を立ったら、足に激痛が走り、その場で固まってしまいました笑


なんとか家に帰るも痛すぎてまともに動けず、あぁもう元気でいれる時間はなくなったのだと悟りました。


次の日なんとか起き上がれたので、効いているのかわからない痛み止めを飲んで様子を見ることにしました。仕事行きましたチュー


結局、3日経つとマシになり、主治医からは自転車(スポーツタイプ)に乗ったことで、骨盤に負担がかかったことと、筋肉痛じゃね、と言われましたおねがい笑い泣き


でも、CT上では左の腸骨が怪しいので、放射線しましょとなりました...





○補足

放射線を外来で受けた際の窓口で払う料金について。


今まで入院での治療しかしたことがなかったので、外来での支払いに最初戸惑いました。

限度額証明ありです。


1回目...3万円

2回目...1万円

6回目...7000円

7回目...300円

10回目...300円



ご参考までに...


どうも、けいとりんです。


少し間が空いてしまいましたびっくり


これまでの経過をちゃんと詳しく書かないとなぁ

...

と思ってたら、やっぱりめんどくさくて更新出来ないので、テキトーにやっていくことにしましたガーン


ということで、現状です↓


現在、ちょうど放射線治療中です!


2022/02/07〜

10回30Gy

骨盤(左右の恥骨)

今回は外来での治療。


きっかけは、1月の定期検診のCTにて。

前から恥骨にも転移が広がっていて、いずれは放射線が必要と言われてました。

だいたい今は3ヶ月毎に検診を受けてますが、今回のCT画像ではかなり腫瘍が大きくなっていて、急に成長速度がアップしたことがショックでしたショボーン

その時は痛くなかったのに、数日後に痛みだしたし...


放射線の効果は2-3週間ぐらいから1番効果が出てくるって言われてますけど、自分の場合は割と1回目から効果を感じてます。

痛みがとれる!



放射線は同じとこに当てられないようなので、治療のタイミングが大事と言われてます!


今回は骨転移3回目の放射線なんですけどね...チーン


どうも、けいとりんです。

今日もお疲れさまです。覚えている限りですが、続きです。

 

~ここから~

 

2012年12月

前回の手術で腫瘍は取り除いたのですが、断端陽性だったため、

残っていた左耳下腺をどう摘出するか、決断しなければなりませんでした。

①耳下腺は顔面神経とくっついてるので、ギリギリをせめて耳下腺のみを摘出する。

②腺様嚢胞癌は浸潤タイプなので、本当は顔面神経ごと摘出する方がベスト。

 

そのときは、まだ25歳だったこともあり、またどこか他人事のように感じていたこともあり、顔面神経は残すことにしました。

当時相談した友達には、自分だったら神経ごと摘出するとハッキリ言われて、ちょっとモヤモヤしたのを覚えています・・・

 

そんなこんなで12月中に神経は残したまま、残りの左耳下腺を全摘出しました。

二回目の全身麻酔でしたが、手術がかなりの時間がかかり、術後の覚醒あたりはとても苦しかったのを覚えています。

それだけ大変な手術だったのだろうと感謝しかありません。

 

術後の病理検査では残存耳下腺には、腫瘍をみとめず、耳下腺リンパ節にも転移はありませんでした。

 

それから

2013年1月~2月13日

術後治療、標準治療として、放射線治療(50Gy)、化学療法(TS-1)を行いました。

 

 

~ここまで~

 

 

書きながら思いだしたんですけど、全身麻酔って最高ですよねてへぺろ

いっそそのまま・・・

なんて。思わせてくれますオエー

 

もっといろいろ思うところがあったと思いますが、今さらいいかと・・・笑い泣き

 

今日も拙いブログを読んでいただきありがとうございました。

 

それではまた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この残った耳下腺をどうするか、これは当事者にとって一番の悩みどころだと思います。

腫瘍における最も重要な場面だと思います。

この残った耳下腺をどうするのか

どうも、けいとりんです。

 

とりあえずこれまでの経過を書いていきたいと思います。

 

といっても、もう正確なことは覚えてませんし、他のみなさんがブログで書かれているような

詳しいお話はできません・・・笑

 

~ここから~

 

私は、1987年生まれの今年35歳(男)です。

大学卒業後、就職で今の会社に入社したのが2010年4月です。

 

入社以前から左の首筋に小さいシコリがあるのを認識していました。

そこから徐々に少しずつシコリが大きくなっているのは分かっていましたが、なんでもないだろうと放置していました。

 

そして2012年、いつも通り食事をしていたら、一口目を食べようとすると左の首筋、頬にかけてかなりの痛みを感じました。

その時は何なのかさえも分からず、たまたまかなと、そんな風に思っていました。

でも、それはたまたまではなくそれからは必ず食事の際の一口目に痛みがはしるようになりました。

 

「ファーストバイト症候群」

 

あとから考えるとなんて単純な病名だ笑、と思いましたが、まさにその通りでもありました。

 

そこからネットでシコリのこと、謎の痛みついて調べていきましたが、結局よくわからないなぁということで近所の耳鼻咽喉科を受診することにしました。

 

どんな検査をしたのかは忘れましたが、とにかく大きな病院で診てもらってくださいと言われ紹介状を持たされました。

その時の先生から言われたことを覚えています。

「紹介先の病院はA病院、それともがんセンターのどちらがいいですか?」

 

がんセンターってなんでやねん笑 その時は意味がわからなかったのでA病院でお願いしました。

それなのに…

 

最初の記録として残っているのは、2012年9月、左耳下腺下極に19.6*14.3*13.0の大きさの腫瘍があるということです。

初めは多形腺腫の疑いでしたが、2012年11月13日の耳下腺浅葉腫瘍摘出手術による病理検査によると、腺様嚢胞癌であることが分かりました。また断端陽性(摘出した腫瘍の端にがんが見つかったので、より広範囲に広がっている)と診断されました。

 

~ここまで~

 

 

 

ブログ・・・めんどくさっ魂が抜ける

 

たったこれだけ書くだけで腫瘍が2㎜大きくなりそうです。(患者ギャグです、不謹慎と言われても困りますチーン

 

これが更新最後になったらすみませんてへぺろ

 

では

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじめまして。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

私は2012年に耳下腺という唾液を分泌する腺に腺様嚢胞癌(せんようのうほうがん)という希少がんを発症しました。

そんな不安の中で、同じ境遇である、hamaさんこと浜田勲さんの

ブログ、
「耳下腺癌に負けないぞ!……腺様嚢胞癌の記録……」
において何度も希望を与えて頂きました。

そして最近になりhamaさんが亡くなっていたことを知りました。

hamaさんはブロブの中で
「この世の中のどこかにいる同じ境遇の仲間を励ましたいという気持ちからブログを書いています。このブログが少しでも同じ境遇の皆さんの希望になりますように…そう、願っています。」
と書かれています。

私にとって本当にhamaさんは希望の光でした。同じ境遇の方が強く生きている、それだけで何度も励まされました。

hamaさんとは境遇が似ているため、これからは私が勝手にhamaさんの意思を継ぎ、ブログを更新していけたらと思います。

このブログが少しでも同じ境遇の皆さんの希望になりますように

 

 

※めんどくさがりなので更新頻度は低めの予定です笑驚き

 

よろしくお願いします。