春です。
皆さんお元気ですか。備蓄されていますか📦️
私たちは、2年かけてようやく酒販免許が下りたり、安曇野でお醤油しぼりに参加したり、
彼は2〜3年おきに膀胱炎になりますが、今年の頻尿はちょっと長いなと、、
1月から診てもらっていた西荻窪の「ブルーミントン動物病院」は、準僧侶でもある西村美智子院長が鍼や漢方、ホモトキシコロジー、PRA分析、栄養療法、イネイト活性療法などを行う、一風変わったクリニックです。
血液検査では、昨年から尿素窒素が50↑↑
なので、ぼちぼち慢性腎不全でしょうと。
加えて、PRA(精神電流反射分析法)というテストをしていただいたら、「飼い主に気づいてほしいことがある」ということです。
心当たりがありすぎて、どれのどれだろう![]()
アニマルコミュニケーターさんにお願いしたい〜
安曇野の、大好きな庭を一緒に散歩しようとしても、置かれた場所でぼんやりするばかり。
毎晩の夜泣きとマッサージの催促は変わらずですが、そういう要求が有難い。もっとどうしてほしいか言ってほしい。
たまりかねて安曇野のクリニックで細胞診をしてもらったら、「移行上皮がん」という、予後のよくない膀胱がんという結果でした。
その連絡をいただいたのは、都内にもどって卒業試験を解いている途中だったので、
ザーーーーーーーーーー。思考停止。
猫には珍しいがんで、病状と年齢から(人間でいうと80歳)、手術という選択肢はないようです。
くらくらしました。問題は300問くらい? 何をどう解いたんだかわかりません。
本当に目の前って暗くなるもんですね、途中から黒ペンでなくブルーのインクで書き殴ってしまって、提出時に見たら、一面真っ青。
頭のおかしい解答用紙になってました。
これ、落ちた。
メンタルが弱すぎます。こんなんで中医になんかなれません。
でもね、約16年、旅行も出張もいっしょだったんです。どんな山奥へも。
置いていくとすねて怒って。
人間のことも大好きで、これまで施術中、何百人様のからだに乗っかったでしょうか。
上のブルーミントン動物病院では「そういう役目のある子がいるんです」と言われました。
どんな役目かわからないけれど、飼い主の業を引き受けていたのかなと思います。
ペットの病気は飼い主が作る。 友人獣医のりえさんは言います、そのとおりだと思います。
夫は膀胱が弱く、私は胃腸が弱く、30年来の食道炎もちで、
それは膀胱がんと食道裂孔ヘルニアという、シンプルすぎる形で猫に影響したのかもしれません。
さらに、私は3年前から仕事関係者に「水に流せない」ことがありました。そんなガンコな思いも、猫の体内で岩化🪨してしまったかもしれません。
膀胱の病気の潜在意識は「流せない」「溜め込む」だからです。
頭でわかっていても、愛猫を病気にしてしまったら、知識なんかいみがねえ。🙆
翌日から、やっぱり「アルベキスガタ」はエントロピーの増大へと向かっているようです。
もうすぐ膀胱は腫瘍でいっぱいになりそうです。
初めて彼と会った日のことを思い出しています。
義母みつはしと仕事をして、高揚した気持ちで帰る途中、中野のドブ道で彼を拾いました。
兄弟たちはみんな道を駆け回っていたけれと、彼だけは全身傷だらけで剥げて、ヨロヨロ。
尻尾は折れ曲がり、何かに感染したのかゼイゼイしながら、お母さんのおっぱいにぶら下がっていました。
これ、拾わないと死ぬかなと思って、手を差し出したら、泣きながら私の両手の中に入ってきました。
それで、動物病院へ連れて行こうとしたら、お母猫🐈⬛、父猫🐈️、兄弟猫🐈⬛🐈️🐈⬛🐈️たちがゾロゾロと後をついてきて、
私が大通りへ出てタクシーを拾うまで、ジーーと見ていました。
不気味な、かつ圧巻の見送りでした。それで年末には、お歳暮のシャケを彼らにもっていきました。
そうやって連れ帰った子猫は、何かとプッツンな子。全力で走ってくる最中に、突然倒れて、ブクブクとアブクを噴いたり……悪霊でも憑いているのかと思いました。
獣医師たちには口々に「この子は長生きできない」とおっしゃる。なので私は意地になって、延命措置をあれこれ試しました。せめて5歳を越えさせる…
…あれ?5歳超えた。行けるの? じゃあ10歳も行けるか。行けるのか。でもお金かかるね君
スラム育ちのせいか、レジ袋から靴底のゴムまで食う、恐ろしい異食癖があって、服やリネンを500着以上食われ、やたらと腹を壊し、腸閉塞で死にかけて、開腹手術を2回、
あらゆる家具を手の届かない場所に吊るしましたが、冷蔵庫をあけて納豆やハムを勝手に食べる。戸棚をあけてパンを食べる。おかまをあけてごはんを手ですくう。遊びに来たお客さんの靴ひもやバッグも食べる。食べる。
毎日「なんでーーー」😱と絶叫していました。
それが、7年前に私がセラピスト業を始めてから、ようすが変わりました。
目の色が、なんとも言えない緑色に変わり、ヒトの動きや、ことばを良く観察するようになりました。
多分、私の施術が心配すぎたのではないか。
「こいつあぶねえ…」
一緒に作業をしてくれた7年間、私がいちども倒れないで済んだのは、彼のおかげだったかもしれません。
しかし2024の秋頃から、エネルギーが弱ってきました。
「ぼくわもう長くない…」みたいな気配を醸し出すようになり。秋のある晩、
「大きな旅にでる。船に乗る🚤」と
船室からいっしょに海原をながめている夢を見せてくれました。
その海に向かって、私は「😺大好きだー」と叫んでいて、目が覚めても泣いていました。
それは「西南の海」という示唆だったので、2025の初春、大阪&九州、1か月の施術旅行に出ました。
フェリーに乗って、夢と同じように、出窓に腰かけて、明け方の海をいっしょに眺めました。
今年〜来年は本番の有事、日本は大きく巻き込まれる。それは猫も私もわかっていて、本ブログになんども書かせて戴きました。皆さんも準備は済んでいることでしょう。
ぼくわその前に身のふりを決める🐱と言う。
でも、橋を渡らなくてもいいじゃないか。
もう一度いっしょに旅に出ようよ。そう説得している途中です。
田舎の家に、いろいろ揃えたから。
なんならセラピストという仕事すら、猫といっしょに人生を旅したくて揃えたようなものだから。
君がいないなら、もうなにも要らないくらい。
今までいろんな健康法を施してきたけれど、抗がん剤や、ステロイドは入れません。
たっぷりのマッサージと、あとは、大好きな刺身をいっしょに食べよう。
看板猫がいなくなりましたと言ったら、これまでサロンで可愛がってくださった方々がびっくりされると思うので、事前報告として、したためさせて戴きました。
これまで猫と家族と友人とクライアントさんたちと、愉快なセラピスト生活を送れて、ほんとうにありがたいことだと思っております。
もし、彼に何かあったら、しばらく施術をお休みさせて戴きたいので、そのこともあって、したためました。
あっ、、学校の卒業試験は合格しておりました。
採点官もあきれただろう…ぎりぎりセーフな感じでした。
これから臨床研究科に進み、今冬に、本番の試験。そこでやっと中医の入り口に立てるかもしれません。
ポンコツでも、おまえは行けと、猫息子が言うので。


















