年末年始に向けて、面白そうな映画がいろいろと上映され始めてる。

「海難1890」を観に行った。

 日本とトルコの合作映画で、明治の頃に和歌山県沖で遭難したトルコの船員を村人が救った話と90年後のイラン・イラク戦争時下のテヘランで日本から救援を見捨てられた日本人を救出するためにトルコが救援機を飛ばしたという二つの話をリンクさせた映画。

 ストーリー自体はこの二つのエピソードを並べて、両方に出演していた役者さん同士が「なぜだか過去に出会ったことがある気がする」「わたしも」とリンクさせてるだけなんだけど、所々、僕には響いてくる箇所があった。

 まぁ、そもそも作品って良い悪いとか周りの評価ってまったくどうでもいいことで、観る者それぞれが何を感じるかだと思う。観る人それぞれに生きてきた環境や考え方とか感覚があるのだから、ある人にとってスルーしてしまうことでも、ある人にとっては涙が止まらなくなることだってある。


 「タイタニック」の時もそうだったけど、船が遭難するシーンて僕は観ていてリアルに恐怖を感じる。「タイタニック」なんか、もう二度と観たくないくらい恐い。とはいえ、船の航海って僕は好きだ。ワクワクしてくる。船の旅って出航していく時とか、水平線の遠くに陸地が見えて入港する時、そして美しい夜景の港を出航する船から見る時など、なんともいえないものがある。初めての海外旅行も船で行く縁があったし、日本国内でも沖縄や北海道など時間と金が許せばフェリーを使うのが結構好きだ。未だに沖縄なんて船以外で行き来したことないしね。

 まぁ、きっと自分の前世のどこかで大きな船での大航海時代に生きてた時期があるのだろうと思う。船の遭難がリアルに恐いのは、遭難事故にあってたのかもしれないね。

 そんな船の遭難シーンにお前はこの映画で注目してたのか、って言われれると、まあ「はい」なんだけど、それ以外でも触発される部分があった。

 この二つの事故? に同じ俳優さんが出ることで、生まれ変わった魂が逆の立場になって一つの出来事を通して経験するみたいなことを僕は感じた。自分の人生の中でも、なんかどこかで出会ったことあるような、よく知ってるような人に出会うことってあったし、逆にそう言われたこともある。お互いに「そうだね」ってなったことはないんだけどもね。

 ただ、これまで出会ってきた人たちは自分の人生においては、とある場面にそれぞれの「役」同士でポンっと遭遇して、その「場」を経験し、いろんな感情を経験したりして、解散してまたそれぞれの人生を生きていってる。逆もまた然りだ。自分はこの場面ではこの人に何かを気づかせるためにこんな役やってたのかな、ってことも思い当たることもある。そんな風に出会って「場面」を経験し、その後、二度と会ってないそして会わないだろうという人たちがほとんどだ。

 そして映画の中での事故や災難のような場面に出くわした時に、「あなたは何を思い、そして何を選択するのか」が問われてる気がした。実際に生きてても、それぞれの世界の中でもそうだし、地球規模でも事故だったり災害だったりといった災難は起こり得る。そこで「なんと自分は不幸な身だ」と嘆いたり、怒りや憎しみを持って何かにぶつける人生を選択することだってできる。でも、それも捉えようによっては、そしてどんな行動を選択するかによっては、それは「災難」ではなく何か大切なものに気づくための絶好の機会「ギフト」みたいなものでもあるんだろうと思う。

 そして、その場面に出くわすために申し合わせて、その時代その場所に生まれてきたとこもあるんじゃないかって気がするんだよね。