■月が替わりました。先月は…罰当たりな言い方かもしれないけれど、言うなれば「葬式強化月間」でした。週末が来て、ゆっくり休もうと思った矢先、次から次へとお悔やみ事が3件…。それも見事に各週末の金曜土曜日曜にかかって身内の不幸。大叔父さん、大叔母さん、叔母さん…淋しくなるなぁ…。
■このホームページご存知です?>煙の行方 縁起でもないって思うかもしれないけれど、この世に生まれてきたからには最期に必ずお世話になってしまうところ。で、お悔やみ事の期間中に、ふとこのページのことを思い出し(悲しいのを紛らわすためにも…)、半分観察してしまいました。火葬って…進化してるんだなぁと実感したですよ。
■私が生まれて初めて火葬場まで行ったのは、今も田舎住まいだけれど、更に田舎に住んでいた折、小学校5年生の冬、祖母が亡くなった時。いかにも「ヤキバ」という感じの、杉林の中の小さな建物だったなぁ…。そこの火入れ方法は、炉の前で最後のお別れをした後、炉裏に回り、火夫さんが喪主である祖父に火の点いた割り箸大の棒を渡し、火口に直接点火…っていう、幼心に激しいトラウマを残す方法だったです。炉に火が回って煙突から煙が出始めたのを見上げて「ばあちゃんが天に昇っていく…(涙)」と思ったのを鮮明に覚えています。
■そして、数年後、従弟が病気で夭逝(13歳…(号泣))したとき…。悲しすぎて悲しすぎてあんまり覚えてないけれど…炉が4つくらいあって、スイッチ式点火だったようなことだけ覚えてるです。
■更に時が経ち、祖父が亡くなりました。炉前で最後のお別れの後、柩が炉に納められて、喪主である叔父が係員さんから炉の鍵を渡され、それを鍵穴に突っ込んでまわすと、耐熱扉と化粧扉がエレベーターの扉のように閉じ、そして、自動的にバーナーに点火。…これもトラウマになった…。バーナーの音が聞こえ始めた途端に、いつもは剛毅な叔父が体をびくっと強張らせ、呆けたように「火が…点いてしもうた…」と呟いていたのが忘れられないです。
■先月中ごろ、大叔父、大叔母が相次いで亡くなったときは、野辺の送りの供はしませんでした。遠方から駆けつける親戚の送迎係に徹していて、出棺の後は即、空港までの直行便の運転手だったです。火葬したのは祖父の時と同じ斎場。鍵式自動点火のやつか…。
■で、つい先日の叔母の葬儀で行った先は、とても現代的で広くて綺麗なハイテク斎場だったです。小高い丘の上、周りは木立で囲まれ、周囲からはそこが何であるかが全くわからない立地。そこそこ都会の施設だったので、炉の数も多く(数えてないけど十数基~二十基)、待合室も20室くらいあるところ。で、どういうお別れをするのか見ていると、故人と遺族親族のアテンダントをするのは、なんと女性がお一人でした。車寄せから柩を電動式の台車に載せて、告別室というスペースに一旦入ります。遺族親族は炉前には行かず、そこで最後のお別れ。故人が眠る柩はアテンダントさんの押す電動式の台車でゆっくりと扉の向こうに消えていきます。自動的に扉が閉まると炉前の状態は完全にわかりません。「ああ…逝ってしまわれた…」と合掌…。
■いつ火が点いたのかも、バーナーの音がしているのかも、全くわからないまま階上へ。待ち時間は親族控え室にいるもよし、売店食堂スペースで時間をつぶすもよし…。丁度友引明けで結構な人が施設内にいましたが、施設自体がとても明るく広いので、まるで大きな旅館か何かにいる気分でした(まぁ、全員漏れなく喪服なワケですが…)。そして、呼び出しアナウンスが入り収骨になると、収骨室へ。さっきのアテンダントの女性が手袋をした手で骨を持って、「こちらが○○の部分のお骨でございます。こちらは…」と手際よくアドバイスしながら、遺族親族にお骨を上げさせていました。遺骨を手に持って説明してたのにはびっくりしたけれど、よく考えてみれば、摂氏1000度くらいの炎で1時間くらい焼いた直後のものって…ほぼ完全に無菌状態だわなぁ。
■一口に火葬といっても…「進化」していることを実感。効率よく焼けることはもちろん、故人を見送る遺族親族の心にできるだけ傷を残さないように…。小学校5年の炉裏での直接点火はさすがにトラウマが激しかった。私だけではなくて、その場にいた子供一同孫一同、喪主であるじいちゃんの心にも、ぐっさり大きなダメージを与えたことだと思われます。そうすることが「送ってあげる」ことなのはよくわかっているんだけれど「ばあちゃんを木の箱に詰めてじいちゃんが火を点ける」んですぜ…?「恐さ」「悲しさ」「自責の念」などは、今思っても激鬱になりそうなくらいです。それに比べれば、先日の叔母の火葬の時は、そのダメージがほぼと言っていいくらいなかった。親族を亡くした喪失感や悲しさ、淋しさはあったけれど、火葬場における「小5の炉裏の激鬱トラウマ」に当たる感情は驚くほど少なかったんです。
■時代が進むに連れて、残された者のグリーフ・ワーク(grief work)を少しでも軽くするための心遣いが施されているんだなぁって感じました。全くのゼロにはならないだろうけれど…。
■大叔父さん、大叔母さん、叔母さんのご冥福をお祈り申し上げます。いっぱい可愛がってくれてありがとう。そして、逝く人達を見送った皆様、本当に本当にお疲れ様。世代交代の時期が来つつあるのかもしれないけれど、人間は生きているだけで丸儲け。元気に長生きしてこその一生です。この後も一門揃ってしっかり生きていきましょうぞ…(誓)。そして、近しい者が少しでも元気で長生きするように願ってやみません。